1.森の魔女
初投稿です。
よろしくお願いします。
「た、助けてっ」
森で猪のような獣に襲われ、死にものぐるいで逃げている。
自分が知っているサイズより二回り以上も大きいし、それに普通の猪はあんなに鋭い歯
は持っていないはずだ。
息が切れて、足も回らない。
不意に木の根に足を取られ、転んでしまう。
もう無理だと、覚悟を決めて目をつぶった。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
僕は今日で死ぬようです。
今まで育ててくれてありがとう。
あれ、まだ死んでない?
一体、なんで・・・
「ねぇ君、大丈夫?」
慌てて目を開け、声のした方を見る。
「ええっ!」
思わず声に出して、驚いてしまった。
籠を背負った女の子(僕よりは年上だと思うけど)が、片手で猛獣の鼻先を押さえていた。
髪はミディアムぐらいだろうか、後ろで束ねている。
服装は男がするような格好だ。
「ちょっと、待っててね」
そう言うと、空いた片手で拳を握り、猛獣の頭上から振り下ろした。
ドゴッ、と言う鈍い音を鳴らし猛獣の頭が地面にめり込む。
あんな細腕のどこからそんなパワーが出るのだろう。
もう驚きすぎて声も出ない。
「で、君はなんでこんなところにいるの?」
彼女が手をはたきながら、聞いてくる。
そういえば、僕は薬草の採集をしているところで、珍しい薬草につられてこの森に入ったんだった。
この森に入っちゃダメだとお母さんに散々言われてたんだけど・・・
そして、あの猛獣に襲われた、という旨を話すと、
「幸運だったね、君。あいつは食欲旺盛だから、私が来なかったら、骨まで喰われてたわよ」
そう言われて、寒気が走った。
「しかし、この森で人に出くわすなんて初めてよ」
こちらだって、こんな森に人がいるなんて思っていなかったけど、いてくれて助かったと感じる。
そういえば、お礼をまだ言っていなかったので伝えると、
「いいのよ、別に。ちょうど食料も必要だったから。」
と言って、ナイフを取り出し、解体を始める。
でも、なんでこの人は森にいるんだろうと疑問を抱く内に思い出したけど、村でこんな噂を聞いたことがある。
森には入った者を殺し、食べてしまう恐ろしい魔女がいると・・・
そして、気づいてしまった。
もしかして、この人が森の魔女ではないだろうかと。
であれば、今すぐこの場から逃げなくては。
と考えていると、彼女が顔に血をつけ、ナイフを持ったまま近づいてくる。
仮定が確信に変わった。
逃げようにも、足がすくんで動けない。
「も、も、森の魔女っ」
「ちょっと、それ私のこと?」
いつの間にか声に出てしまっていたらしい。
すこし不機嫌な顔をしている。
「確かに魔法は使えるけど、決して君を取って喰ったりしようなんて思っちゃいないわ。だから、そんなに怖がらないでよ」
いつの間にか、目から涙があふれていたみたいだ。
「ほら、立てる?」
と手を差し出してくれる。
おそるおそるその手を取ると、とても柔らかく、温かい手だった。
「じゃあ、森の外まで送ってあげるわ、と言いたいところだけど、今日は無理ね」
では、僕はどうすればいいのだろう。
こんな森の中で路頭に迷うことになるのか。
そして、また猛獣に襲われ喰われてしまうのだろうか。
そんなネガティブ思考になっていると、
「さすがにもう暗くなってきているし、下手に森を動き回っても危険だわ」
空を見上げると、確かに空は紫色に染まりつつあった。
「仕方ないから、今日はうちに来なさい。泊めてあげるわ」
安心すると同時に、あの魔女の家に行くと言うことで、ワクワクやらドキドキやら分からないが心が高ぶっている。
「さて、日が暮れる前に早く行くわよ」
そう言って、きれいに解体され血抜きされたあの猛獣を担いで、歩き出したので慌ててついて行く。
しばらく歩くと、目の前に小屋が見えた。
木材や石などで建てられていて、屋根には煙突がある。
小屋を眺めていると、
「ほら、早く入りなさい」
と急かされて、小屋の中に入る。
小屋の中は外観に比べて広く、奥に二つ扉がある。
部屋の中央には丸テーブルや椅子、入って左手にはキッチン、右手にはベッドがある。
入り口のそばには、剣や槍、弓矢などたくさんの武器が置いてあった。
入り口から見て、特に魔女らしい物はなかった。
ただ、奥の左の扉には入ってはいけないときつく言われた。
その時の笑顔が少し怖かった。
「おなかすいたでしょ。今何か作ってあげるからそこに座って待ってなさい」
そういえば、朝食べてから何も口にしていない。
緊張が解けたのか、盛大におなかが鳴った。
15分ほどして、
「はい、お待たせ。今日捕れたビッグワイルドボアのスープよ」
いいにおいがして、思わずよだれが出る。
我慢できずにがっついて食べてしまう。
あまりのおいしさにあの猛獣が使われているなんて想像できない。
3杯もおかわりして、ごちそうさまと手を合わせる。
おなかいっぱいになったせいか、まぶたが重くなる。
そして、眠りに落ちてしまった。
目が覚めるとベッドで寝ていた。
かなりぐっすり眠れたと思う。
「あら、起きたの?」
その声を聞いて、昨日のことを思い出した。
そういえば、魔女の家に泊めてもらっていた。
でも、不思議と安心して過ごせる雰囲気のある家だ。
彼女は朝食を用意してくれていたので、ありがたくいただく。
食べ終わって、準備ができると、
「じゃあ、森の外まで送るわ」
と小屋から出発した。
「この森はね、迷いの森って言われていて一度入ったら、二度と出てこられないの。まあ、だいたいは猛獣に喰われるか、逃れたしても餓死してしまうかのどちらかね。普通の人はまず近づいてこないけど」
道中この森について教えてもらった。
それを聞くと、本当に助かってよかったと思った。
いろいろと聞いてみたいこともあったけど、こちらから聞けないまま森の外へと出た。
「ここまで来れば、あとは帰れるわね?気をつけて帰るのよ」
そう言って、彼女はまた森へと足を向ける。
「待って!」
思わず声が出てしまった。
「お姉さん、名前は?」
何を言おうか考えていなかったので、なんとかひねり出す。
彼女は少し悩んだような様子を見せて言った。
「ミネルバ。ミネルバ・ガルシアよ」
それだけ言って、森へ姿を消した。
村へ帰ると、村中総出で一晩中僕を探していたみたいだ。
お父さんから拳骨を、お母さんからは平手打ちをもらったが、泣いて安心してくれた。
それから、体験したことを友達に話したが、笑って信じてもらえなかった。
ただ、最近村ではこんな噂が流れている。
森には助けてくれる強くて、優しい魔女がいると・・・
でも、その魔女の名前は僕だけの秘密だ。