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「ふーん。てことは、俺みたい強制的ではなかったってことか?」
「そう……だな。断ろうと思えば断れたかもしれないし」
「ふふふ、さては下心があったな」
冗談のつもりで俺は言った。
「かもしれないな。巫女のことが好きだったし」
思わぬ返事に数秒間ほど理解が滞っていた。それはラブなのかライクなのか、という問題である。
「何だよ、そんな驚いた顔をしてさ。スターだって女性の一人や二人、好きになったりするよ。ま、当時はまだスターじゃなかったけど」
ということは、ラブの解釈が正しいということだな。
「いや、だってさっきは何もないとか言ってたろ?」
「何もなかったのは本当だよ。その時はまだ巫女は未成年だったから、大人としての自覚が俺にストッパーをかけてたんだ。それと、役者の仕事が忙しくなって、そこまで気は回らなかったってのが当時の心境かな」
想定は出来ていたような話だ。こんな美男とあんな美女が一緒にいて、友達以上の感情を抱かないはずもない。
だけどなんだか、直接から本人に話を聞くと変な感じだ。
「未成年と一緒に住んでいる時点でストッパーも何もない気がするけどな」
「分かるだろ? 半ば強制的だったんだ」
「……まだ、好きなのか?」
そんな疑問が自然に口から出た。
「ま、そうだな。でも今はどちらかというと友達として好きなだけで、それ以上になることはないかな」
「ほんとかよ」
「どうだろうなー。俺はこう見えて、嘘つきだからな」
頬杖をつき、どこかのファッション雑誌に掲載されていそうなセクシーな面持ちで言う。ただし、湯船に薔薇の花びら浮かべ、両脇に美女がいれば怪しい通販広告にしか見えない絵面でもある。
「……ふん。べ、別に俺はお前らがどうなろうが知ったこっちゃないけどな。そんなことより、お前も早く上がれよ。そろそろ巫女も料理ができ──?」
風呂から出ることを花村に促していると、足に繋がる鎖から引っ張られるような感覚を得た。
と、「いてててっ!」
突如強い力で鎖が引っ張られる。痛みに耐えることの出来ない俺は引かれるがまま、片足で跳ねて移動しながら洗面所を出た。
「いってえな! 何すんだ!?」
部屋に戻ると、やはり鎖を持っている巫女がいた。俺の心情は普通に呼べやコラ、である。
「ねえ、卵焼きは甘いのと甘くないのどっちが好き?」
「何じゃそりゃ!」
「そういうのいいから、どっちなの?」
想定外の可愛らしい質問に戸惑いつつも、「一応、家で食ってたのは甘いのかな」と、素直に答えてしまった。
「そう。わかったわ」
訊くだけきいて、巫女はさっそく冷蔵庫から卵を取り出した。
「人の足を強引に引っ張っておいてそれだけかよ?」
「ええ、そうよ。急に卵焼きが食べたなったから作ろうとしたんだけど、味付けをどうしようか迷ったわけ」
「で、俺に訊いたのか──って、どうして俺基準?」
「花村は甘いのが好きってのは知ってたの。私も甘いのが好きなの。仕方ないからアンタの好みも訊いておいてやろうと思っただけ、勘違いしてんじゃないわよ」
フライパンを叩きつけるようにコンロへ置き、わざと音を大きく立てた。
「あーそうかよ。にしても、なんだか様になってるな」
これに関しては巫女に限ったことじゃなく、女の人はキッチンが似合う。時代遅れな考えかもしれないけど、なんか安心するというか、良い。
「誰に向かってほざいてんのよ。暇ならアンタも手伝いなさいよね」
「俺もかよ。……まあいいけど。何すればいいんだ?」
「テーブルを拭いたり、食器を用意するの。それくらい自分で判断して行動しなさいよね、ガキじゃあるまいし」
キツい物言いに腹は立ったが、俺は文句を言わずに手伝いを始める。特にこれといった理由はなかった。シンク下にある棚から食器を取り出していると、「ねえ金也」と、巫女が呼ぶ。
「……ん?」
「アンタ両親とは連絡を取ってるの?」
「何だよ急に……お前には関係ないだろ」
「関係なくはないわよ。私はアンタを監禁しているんだから」
卵焼きを焼く巫女の姿を見ながら、その言葉の意味を考えた。
たぶん、定期的に連絡をしているのかどうかを気にしているのだろう。あまりにも連絡が繋がらなければ、不審に思われるからな。
「何も問題ねえよ。俺は親に勘当されてるから、どこで俺が生きようが死のうが、関係ねえの」
隠したかったことと言うよりは、言う必要がなかったことだ。正直なところ、俺に巫女と殺し屋をとやかく言うような資格はない。正しい家族の在り方という形が崩壊した家庭の人間である。
「勘当ね……私もいっそ、あっちからしてくれるのなら気は楽になるんだけど」
あっちとは、当然殺し屋のことだと思われる。
「よーし、完成したわ」
巫女は作った卵焼きをまな板に置き、包丁で切り分けだした。
「……理由は、訊かないのか?」
勘当されたと話せば、誰だって二言目には理由を訊いてきたので逆に訊いてしまった。
「なんで、訊いてほしいの?」
「え、いやそういうわけ──ほがっ!?」
喋る俺の口に、巫女はひと口サイズに切った卵焼きを入れてきた。
「あつっ!」
出来たてということもあり、卵焼きの熱が冷めておらず、俺の口の中は大変なパニックになる。
「おいしい?」
熱くて少し時間はかかったが、俺は小さく頷いた。
「んふ」
口を閉じて、満足げに巫女は微笑む。
……。
可愛いなクソが。
「お、卵焼きか?」
ボーっとしていた俺の背に、風呂から上がった花村が現れた。
「そ、これで完成。ほら、さっさと準備なさいよ野郎ども。食べるわよ」
──餃子、卵焼き、エビフライ、肉じゃがの並んだテーブルは豪華ではあった。花村の料理が店の味だとすれば、巫女は家庭の味と言ったところ。
突出した美味しさではないものの、ずっと食べても飽きることのなさそうな美味しさだった。
他愛もない話をしながらご飯を食べ終わると、すぐに花村は帰宅する。風呂に入ったのにまた走って自宅に帰るというのだから、プロ意識が高いというのは紙一重でアホなのかもしれない。
「使うのは構わないけど、あまり依存するんじゃないわよ」
「だって他にすることねえじゃん」
食後、暇な俺はずっとパソコンをいじって遊んでいた。
時折ミコリーヌが表示するウィンドウをずらしたりして邪魔をしてきたが、画面上のミコリーヌをクリックするとくすぐれるということが判明したので何とか撃退に成功する。
その後俺はヤヘー知恵袋で様々な質問を眺めて時間を潰していた。
今朝俺がした質問にはまた新たな回答が投稿されていて、その内容は目を覆いたくなるようなキツいものばかり。
質問が質問なだけに仕方がないのかもしれないが、顔も名前も知らない相手が、顔も名前も知らない相手に対してする酷い発言の数々というのは、彼らの本音でないことを祈りたいところである。
……。
カタカタカタカタ。
『Q 明日、僕を監禁している女がかくれんぼをすると言っています。しかし、彼女は普通のかくれんぼではないと言いました。
僕は不安です。
一体彼女は、どんなかくれんぼをしようとしているのでしょうか?』
俺はまたヤヘー知恵袋へ質問をしてみた。今回は悩みの相談ではなく、いかに面白い回答が来るのかどうかを試しているのである。
「お?」
五分後、さっそく回答が投稿された。
『通報しますた』
芸の無い奴らだ。