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「まあいっか、何でも。しかし巫女がご飯を作ってくれる日が来るとは思わなかったな。一時期一緒に住んでいた時でさえ何も家事をしてくれなかったくせにさ」
自然に話を替えた花村。なかなか興味深い内容だ。
「え、お前たち同棲してたのか……?」
俺は刹那にあらゆる想像をしてしまう。
「同棲って――まあ一緒に住んでたんだからそうなのかな。ああでも、別に何かあったわけじゃないかばっは!?」
恐らく巫女と男女の関係になってはいないということを俺に言おうとしていたのだろうけど、何故だかキッチンから飛んできたまな板が花村の頭部を直撃した。
「ばばば……」
いくら両サイドが滑り止めのゴムで出来ているまな板だろうと、五百ミリリットルのペットボトルほどの重量物が衝突したので無事ではない。
「ヘコんでない? 俺の頭ヘコんでないか金也?」
「大丈夫。むしろ膨らんでる」
血が出てるわけもでもなく、軽いたんこぶが出来た程度だが、花村の頭を触ると熱さを感じた。
にしても、「普通まな板は人に投げねえだろ」
「手が滑っただけよ。いいから拾いなさい」
「自分で投げたんだから拾えよ」
俺は思わず反抗した。
「……わかったわよ」
「え……?」
どうせまた怒られて俺が拾うという展開を覚悟していたが――巫女は、巫女が、あの巫女が、自らまな板を拾いにキッチンから出てきた。
この光景には花村も驚いたようで、頭の痛みなど忘れて巫女を目で追う。
「ご飯が出来るまでは時間があるし、シャワーでも浴びたらどう? 汗臭いわよ」
愕然として言葉を失っていた俺達の態度を完全無視し、拾ったまな板で花村の頭を軽く叩きながら言う。
「え、俺? ……って汗臭い? スターなのに!?」
花村は自分の体を嗅ぎ始めた。隣にいる俺としては特に汗臭いとは思わない。だけどそう言われたからにはスターとして許せなかったのだろう……。
「シャワーを浴びてくる!」
花村は立ち上がる。
「じゃあついでに一緒に入ろうぜ、金也」
要らぬお誘いを受けた。
「は? 何で俺も入んなきゃいけないんだよ。第一、湯が溜まっているわけじゃないんだろ」
「だったら湯を溜めてから入ればいいだろ。なんだ、もう風呂には入ったのか?」
花村はどうしても俺と風呂に入りたいようだ。
「入ってはないけど……何でそんなに俺と入りたいんだよ?」
「男は裸の付き合いをしてこそ信頼関係が深まるってもんだ。それに色々と、風呂の中でしか語れないこともあるだろ?」
別にねえよ。
「よし、そうと決まれば湯を溜めよう」
誰も入るとは言ってないのだが、花村は浴室へと向かった。まさかあの花村結城と一緒に風呂へ入ることになろうとは、写真でも撮れば高く売れるかな、なんて。
「……」
「心配しなくても、花村はノーマルよ」
キッチンに戻った巫女が、無言になった俺を見る。
「そうか、それなら安心――ってそんなこと心配してんじゃねえよ」
「だったら何?」
「いや、なんだか、久々に家の中にいるなって感じがしてさ」
「何よそれ?」
「自分でもよくわかんねえから、上手く説明できねえよ」
たとえ分かっていたとしても、説明なんてする気は湧かなかっただろうけど……だってそれは、ここにいる自分を肯定することになってしまうわけだからな。
――その後。浴槽に湯が溜まると、俺は花村と一緒に風呂へ入った。
「きき、金也、お前、とんでもないハリウッドスターをお持ちで……ゲームではそうでもなかったのに……」
俺の股間を凝視し、体をよろめかせながら花村がうろたえる場面もあったが、ここは皆まで言わず自重して胸に秘めて置くだけにしよう。
「それに比べて……俺のはまるでエキストラじゃないか……」
自重しよう。
結局のところ、風呂に入って俺達が何かを語り合うことはなかった。鎖が邪魔で湯に浸かる気にならなかったし、落ち込んだ花村と長く浴室にいることは苦痛でしかなかった。
そういうこともあり、俺は湯船にほぼ沈んでいたスターを放ったまま、一人だけ先に風呂を出たのである。
「あ……」
着替えはいちいち鎖の端から替えなきゃいけなかったんだったな。
鰻子はいないし、巫女には頼み辛いし、仕方ないので今日は脱いだ服をそのまま着ることにしよう。一日くらいなんてことないし。
「なあ金也」
体を拭き、服を着ていると、湯船につかる花村が声をかけてきた。
「何だよ。ようやく我に返ったのか?」
「ああごめん。訊きたいことがあるのを忘れてたよ」
「訊きたいこと?」
「そ。何か巫女に変わったことがないかなーっと思ってさ」
「あいつはいつでも変わってるだろ」
「そういう意味じゃなくて。そんな変わってるあいつを、変だなと思ったことはないかってことさ」
そう言われてもな。
濃い内容の日々だとはいえ、巫女と会ってまだ日の浅い俺が些細な変化を感じ取れるほど、あいつという人間を知っ……と、待てよ。
「強いて言うなら、今日の朝は変だったかな。なんだか巫女にしては優しい感じがした」
「優しい感じ?」
「ああ。演技だったのかどうかは分からなかったけど、明らかに性格も美女になってたと思うぜ」
「へー」
「で、それが何だってんだよ?」
「三年も友人をやってるとさ、微妙な変化を何となく感じ取ってしまうんだ。その原因まではさすがに分からないけど、最近のあいつ、なんかおかしいんだよな」
こめかみを指でかきながら視線を落とす。
「ふーん、たとえば?」
服を着ながら訊いた。
「それがいまいち把握できないから、金也に訊いたんだよ」
「なんかお前変なこと言ってるぞ。そんなに気になるなら、本人に直接訊けば良いじゃねえかよ。一緒に住んでたくらいに仲が良いんだろ?」
「訊いて素直に答えるような奴ならとっくに訊いてるさ。それと、一緒に住んでいたといっても、巫女がこのマンションを買うまでの一週間程度の間だけだよ。金也みたいに鎖はついてなかったけどな」
俺をからかうように笑う。