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「花村! せっかく鰻子が一生懸命に二段も作ったのに、今の大声で崩れちゃったんだよ!」
テーブルに散乱するトランプを数枚掴んで花村に投げ飛ばした。もちろん届くわけはない。
「ああごめん鰻子、悪気はなかったんだ。俺にあるのは底のない『魅力』だけさ」
「悪気が無かったならいいんだよ」
花村のふざけた謝罪に、鰻子は何の迷いもなく笑顔でそう答えた。
「……鰻子が優しくて良かったな。巫女だったら確実にボコボコにされてたぜ」
優しいというよりは、単なるアホなのかもしれないが。
「──まるで巫女を知り尽くしているかのような言い方ですね神田金也? 貴方は何様ですか」
「え?」
不意に聞こえてきたミコリーヌの声。だが、どこにもバルコフの姿は見当たらない。
「どこ見てんですか、こっちですよ。パソコンのモニターです」
「……うおっ!? ミコリーヌ……なのか?」
声に誘導されるままパソコンのモニターに目を向けると、そこに映っていたのは鰻子……に似た顔だった。
「私以外に誰がいるって言うんですか? とてつもない愚問ですね。バルコフに体を返して、ネット世界に戻ってきたんですよ」
「いや、そうじゃなくて、お前……髪型が違うだけで鰻子じゃん」
映し出されているミコリーヌの顔は、ただ鰻子がロングヘアになっただけの顔としか思えない。
「失礼な奴ですね。私の方が姉なんですから、鰻子が私に似ているんです」
個人的には魔法少女の印象が強く残っているので、その姿のままでいてくれると違和感はないんだけど──表情が読める分、バルコフの体よりはマシかな。
「金也、それは一体?」
ミコリーヌという存在を明確に知らないのだろう花村は、頭上に疑問符を浮かべてる。
「えっと、一緒にゲームしてた時にクリスタルバー・サンってのがいただろ? こいつはその中身というか──……」
面倒ではあったが、ミコリーヌの正体を花村に説明した。
「──なるほど。じゃあ俺は君に殺されたってわけか」
殺されたというか、ほぼお前の不注意で勝手に死んだも同然だったがな。
「そうです。昨日は色々と失礼しました」
画面上のミコリーヌは頭を下げる。
「おい、花村には謝罪すんのかよ。差別だ差別」
俺は大人気なく突っ込んだ。
「差別されるような嘘をついたのはどこの誰ですか? あれさえなければ、私が貴方に対する接し方も変わっていたことでしょうね、多少は」
そう言って俺を蔑視する。
それを言われると何も言い返せない。結果的に半分程度は事実となったが、それでミコリーヌの傷が癒えたわけではないだろうしな。
うむ、話を変えよう。
「……ところで、お前は巫女と一緒に何かを作ってるんだろ。ここに来たってことは終わったのか?」
「いえ、まだ終わってません。ただ私の場合、体が一つでも同時に複数の作業が出来るので、ちょっと様子を見に来たってだけですよ」
「とか言って、本当は俺に会いたかったんじゃねえの?」
もちろん冗談でそう訊いた。
「うわ……ガチキモ」
相手は真面目に受け取ってしまった。
「日本の働く二十代女性百人に訊いたアンケートで、『上司に言われる嫌なひと言、第5位』の言葉を平然とレディに言うなんて、そりゃモテないわけですよ」
ミコリーヌは汚物を見てるかのように顔をしかめる。
「どこのアンケートだよそれ。この程度のこと誰だって言うだろ。なあ、花村?」
同調を求めて横にいる花村を見た。
「俺は生まれて初めて聞いた言葉だな」
おい貴様。
「中卒だから無知なだけだろ」
なんか本気で言っている感じがムカついたので、深く考えずに文句を言った。
「てめコノヤロ。馬鹿にしたな」
「どぅぐぇぁっ。ごべんごべん!」
怒った表情は見せないが、花村はなかなかの力を込めて俺の首を絞めてきた。
「ごほっ! ごほっ! 冗談だって、真に受けんなよ!」
三秒ほどで花村は手の力を緩めたが、それなりにダメージはある。俺は眉間にしわを寄せて花村を睨んだ。
「真に受けてなんかないよ。ちょっとじゃれてみただけさ」
「普通じゃれる過程で人の首は絞めないものなんですけど! それに力強えし!」
ゴリラかよ。
「自業自得ですよ」
花村との会話にミコリーヌが割って入る。
「そもそも貴方は都内で一番偏差値の低い私立高校をかろうじて卒業しただけじゃないですか。何より、見た目は当然のことながら、去年の花村結城の年収は貴方の四十倍もあるのですから、生物の格としては圧倒的に負けていますよ」
ミコリーヌさん、ちゃんと自覚してるんで皆まで言わないで。
「耳が痛い話だな。というか、お前ってマジで俺の経歴を調べたんだな」
「当然です。ちなみに花村結城や、八島京香についても調べ済みです。巫女に係わる人間は自発的に調査するのが私の趣味なんです。もちろん限界はありますが」
ミコリーヌならではの遊びだな。
しかし、また八島京香という名前が出てきた。これだけ頻繁に名前が出てくるってことは、それなりに巫女と親交がある仲なんだろう。
「なあ、たまに聞く名前けど京香って誰なんだ?」
気になるのでミコリーヌに訊いてみる。
「八島京香のことですか? ……そうですね。その内会うこともあるでしょうから、その時まで楽しみにしておけばよいのでは?」
俺は一瞬曇ったミコリーヌの表情を見逃さなかった。
「別にどんな奴かくらい話してくれてもいいだろ」
「……そんなに聞きたければ、花村結城から聞けばよろしいかと」
そう言うので、自ずと俺の頭は花村の方に向く。
「金也。知らないことが良いことだって、この世界にはあるんだぞ」
そんな言葉は逆効果である。
「何だよ、余計に気になるじゃないか」
「まあ話しても別にいいんだけどさ。多分話したら、お前の悩みが増えるだけだと思うぞ」
ポンと、優しく俺の肩に手を乗せた。
「え……そんなにヤバい女なのか? その京香って女」
「ヤバいというよりは、エグいな」
「エグい!?」
「ああ。ある意味では、巫女よりも厄介な奴だよ。正直、俺は京香がちょっと苦手なんだ」
苦そうな顔をして頬を指先でかく。
「……」
巫女よりも厄介か……。
その言葉を聞いて、それ以上の話を聞く気がなくなったぜ。
「俺、そんな女とこれから会うことがあるかもしれないのか……」
俺の頭の中で想像される京香という女は、ゴリラが女装したようなイメージだ。
少なくとも、偏見なく誰とでもすぐに仲良くなれそうな花村が苦手というのだから、相当な変人なんだろう。




