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「いやいや、花村だってあの現場にいたらそうおもっ……」
「ん?」
「ああ……いや、俺から説明するのはなんか違うと思うから、気になるなら巫女に直接聞いてくれよ」
「何だそれ?」
「学習したってことだよ」
またミコリーヌに嫌味を言われるのは癪だからな。
「何だかよく分からないけど、まあいいや──っと、俺の勝ちだな」
トランプ最後のペアを花村がめくり、神経衰弱に決着がついたようだ。
「また負けたんだよ。花村は大人げないんだよ」
鰻子はふてくされるように頬を膨らませる。
「そう言うなよ鰻子。わざと負けるよりはマシだろ」
花村はテーブルに置かれたトランプを集めながら言う。
「そういうものなの?」
鰻子は首を傾げる。
「そういうものなの」
トントンと、まとめたトランプを机に叩いて整えた。
「さてと、金也もするか? 神経衰弱」
「いや、俺はいいよ。それよりもさ、ちょっと話を聞いてくれないか?」
俺は頭が冴えてきたと同時に、思い出したくないことを思い出してしまったのだ。それはもちろん、かくれんぼのことである。
「話? なんだよ」
体を花村に向けて、「実はさ、巫女がまた変なことを企んでいるみたいなんだけど……」
「それはいつものことだろ」
「まあそうなんだけどさ……」
俺はどういう経緯で巫女がそんなことを言い出したのか、それを花村に説明した。
「なるほど、金也に決断力をつける為にかくれんぼをするのか。まるで意味が分からないな」
クククと、人の気も知らないで鼻で笑う。
「おいおい、俺は本気で不安なんだぜ」
「ごめんごめん。でもその割には爆睡してたじゃないか」
「そ、それとこれとは別だろ。とにかく、花村は何も知らないんだな?」
「ああ、俺も常に巫女から話を聞いてるわけじゃないしな。でも大丈夫だって、最悪でも死ぬことはないよ」
そう言われたら、死ぬ以外のことは何でもあり得ると思ってしまうだろ。
「はぁーあ。スターに相談すればそれなりに情報が得られると思ったんだけどな」
両手を後頭部で重ね、後ろに体を倒して仰向けに寝転がる。
「そんなことを俺に期待しないでくれよ。スターと言えど、俺だって分からないことだらけなんだからさ」
「そうは言うけど、友達と言うならもっと親身になって考えてくれよな。それとも、俺が女だったら一緒に悩んでくれたのか?」
「何だよ、その言い方。トゲがあるぞ」
「ネット上のあちらこちらに書き込まれてたぜ、花村結城は共演者食いで有名だって」
「なぬぃ!?」
目玉が飛び出すかのような勢いで反応すると、花村は四つん這いで俺のそばへと駆け寄った。
「どこだ! そんなデタラメなことが書き込まれているのは!?」
まさかこんなに激しく反応を示すとは考えてなかったので、少し俺は体が竦む。
「デタラメって、一度くらいはあるんじゃねえの?」
「ないよ。友達になることはあっても、そんなことになった女優は一人もいないって。事務所厳しいんだぞ」
「ほんとに?」
怪訝な表情で訊く。
「ほんとだ」
「美々原貴恵ちゃんも?」
さり気なく訊いた。
「……お前、それを疑っていたから機嫌が悪かったのか? 心配するなよ。昨日も言ったけど、貴恵は妹みたいなもんだから、今後もそういうことになることはない」
そう言うふうに断言する芸能人が、数年後に結婚しましたなんてよくある話だろ。
まあどちらにしても、それが俺にとって何なんだって話なんだが……花村だけはなんか嫌だな。
「そんな人を疑うような目で見るなよ。確かに俺はスーパースターだからモテはするけどさ、共演者にだけは絶対に手は出さない主義なんだ」
「それはそれで怪しいな」
「ハァ……清く正しく生きていても変な疑いかけられるのってのは、スーパースターの宿命だと分かってはいるんだがな」
息を吐きながら額に手を当て、わざとらしく首を振った。
「しかし、キムタキの奴こそ共演者に手を出しまくっているというのに、ワイドショーでは流れないんだよなー」
「どうせアレだろ、事務所の力とかで事前にもみ消してんじゃねえの?」
「いや、俺達って同じ……事務所なんだよね」
「あ……そっか」
地雷を踏んじまった。
「俺って、やっぱりキムタキよりは大事にされてないのかな……まあ同期と言っても、キムタキの方が若いし。そりゃそうかな……ふへへ」
マズい。思った通り、花村の悪い症状が出てきた。
「そそ、そんなことはないんじゃねえの? ほら、それぞれ売り出したいイメージとかってあるんじゃないのか?」
体を起こし、花村の治療を試みる。
「共演者を食うイメージって、事務所は俺をアダルト男優路線に進めようとしているのか……?」
それは極端すぎるだろ。
「お前、俳優よりも脚本家に向いてるんじゃねえの?」
からかうようにそう言うと、花村はこうべを垂れて、「脚本家か。それもいいな」
良くねえよ。
「おい、昨日ハリウッドに行くとか意気込んでたのはどこの誰だよ。ファンの為に頑張るんじゃなかったのか?」
「はっ……!」
花村は目を見開き、頭を上げる。
「そうだ、俺には俺を愛するファンがいた!」
もう忘れてたんかい。そんな頭でよく長いセリフを覚えられるな。
「金也の言う通りだ。危うくまた自分を見失いそうだった」
見失ってたよ。
「俺を愛する素敵なファンたちは、きっと俺がアダルト男優になっても応援してくれるはずさ!」
「そういうことじゃないと思うぞ」
「金也! 俺は失敗を恐れず、事務所のキムタキ優先方針にも揺るがず、いつか必ず事務所で文句無し、歴代最高の看板スターになってやる!」
「好きにしてください」
立ち上がり、そう声を張って意気込みを見せる花村だったが、中央のテーブルでトランプタワーを作っていた鰻子には大迷惑だったようで……。




