17
「じゃ、私はしばらく研究室にこもるわ。悪いことするんじゃないわよ」
「俺はお前の子供かよ」
「んふ」
そっぽを向いた俺に巫女は言葉を返さず、そのまま研究室へと向かった。それと入れ違いに、掃除機を持った鰻子が元気良く部屋の中へと戻ってくる。
鰻子は入ってくるやいなや、眉毛をキリっと上げた。
「掃除をするんだよ!」
だろうな。
「はあ……」
俺は机にあごを乗せて、鼻で深呼吸。
巫女が今から何を作ろうとしているのかめちゃくちゃ気になるけど、不安なことがありすぎて何も考えられない――まあ、考える意味はないんだろうけどさ。
「遊園地ー。水族館ー。動物園ー。楽しみだよー」
音の無い掃除機をかけながら、鰻子が楽しそうに笑っている。
もしかして本当に巫女が連れて行ってくれるとでも思っているのか……思っているんだろうな。
「鰻子は遊園地や水族館に行ったことはないのか?」
何となく訊いた。
「うん。ないんだよ。金也はあるの?」
鰻子は掃除機をかけながら訊き返す。
「むかーしな。小さい頃に家族と行ったんだ」
断片的ではあるが、小さい頃の怖かった思い出や、楽しかった思い出というのはいつまでも経っても忘れない。
「ふーん。金也の家族はどんな人なの?」
「え、あー………………普通の人だよ」
「普通? 普通ってどんな人のことを言うんだよ?」
「そっか、分かんねえよな。えーっと、親父が医者で、母親が小学校の教師をしてたんだ」
「へー。お医者さんがお家にいると便利なんだよ」
「……そうでもねえよ。たまに帰ってきたかと思えば、説教ばかりをするような人だったからな」
「説教されることは良いことなんだよ」
鰻子は手を止めて、こちらを見ながら微笑んだ。
「……はは、鰻子は賢いな」
「へへぇ」
首を傾げ、頬赤くしながらニヤニヤする。
でも実際、正しいと分かっていても反抗したくなるんだよな、親の説教って。そういう意味じゃ、鰻子はまだまだ反抗期ではないんだろうな。
――インターネットに初めて触れた時、『あなたは十八歳以上ですか?』なんて選択が表示される画面まですぐに行ってしまうのが男である。
当時未成年だった俺は、誰にも分かるわけがないと、迷わず『はい』をクリックしたのだ。
すると画面に表示されたのは、『登録完了』という文字と、五万円ほどのお金を請求する文章だった。
ワンクリック詐欺なんて言葉は当時でも珍しいものでもなかったから、無知な俺でも知らなかったわけではない。
しかし、いざ自分が詐欺に引っかかってみると、無視が一番という答えを知っているにも関わらず、未だかつて味わったことのない不安に駆られたんだ。
結局俺は不安な気持ちを解消できず、警察の人がネット犯罪の相談を受けてくれるという電話番号にすぐ電話をかけた。
結果から言うと、勇気を出して電話をしたことは正しかった。
貰った答えというのは、やはり無視が一番ということであったが、警察の人間からその言葉を聞いただけでどれだけ安心したことか。
最後の最後には未成年がそういうサイトに行ってはいけないというお叱りを受けたが、俺はその言葉を聞き入れ、素直に反省することが出来たのだ。
携帯電話を買ってもらう前に、親には何度も変なサイトには行くなと言われていたくせに、結局行って、不安になって、警察に電話して、安心して、反省して、学習した。
その時に親が言っていたことは正しかったのだとちゃんと学習しておけば、『あんなこと』は起こらずに済んでいたのかもしれない。
……。
「……ん?」
どうやら俺はモニター画面とにらめっこしている内に、いつの間にか座ったまま眠っていたようだ。
モニター画面右下に表示されている時間を見ると、もう夜の七時を過ぎていた。
「おっ、起きたか?」
頭を上げてボーっとしていた俺の背後から、聞き覚え新しいイケメンボイスが聞こえた。振り向くと、部屋の真ん中にあるテーブルで鰻子と一緒に神経衰弱をしている花村結城を発見する。
相変わらず、腹も立たないほどにイケメンぶりが凄まじい男だ。が、その格好はスターらしからぬ、河川敷でジョギングをしているボクサーのような紺色のジャージ姿だった。
「また来たのかよ、暇人だな。それに何だよその格好は?」
「今度ボクサーの役をやるって言っただろ? その体力作りで毎日十キロはジョギングするようにしてるんだ。で、ついでだからここまで走ってきたのさ」
まんまだったな。しかし何というプロ意識の高さ。
「それで何しに来たんだよ。また俺と友達になろうってか?」
「はは、何を言ってるんだ。俺達はもう友達だろ?」
「え……あぁ」
そんな屈託のない笑顔でスターにそんなことを言われたら、否定しようにもしづらいじゃないか。
「そういえば、今日は巫女の親父さんが来たんだって?」
テーブルに並んだトランプをめくりながら訊いてきた。
「あー……まあな」
複雑な表情になる。
「巫女に昔聞いた話だと、確か親父さんは大学の教授をやってたらしいな。俺も一度会ってみたかったなぁ」
「大学の教授!?」
何気なく言ったろう花村の発言に、俺の目は完全に覚めました。
「何だよそんなに驚いて、聞いてなかったのか?」
「聞くも何も……あんな奴が大学の教授とか有り得ないだろ」
仮に殺し屋専門の大学があったとしても、あの人なら入学すら出来ないだろう。
「人の親をあんな奴って……金也、口が悪いぞ」
そう軽蔑するような視線を送ってくる。




