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「ねえ、あの人は巫女のお父さんだったの?」
どことなく巫女に怯えたように、両手を胸に当てた鰻子が訊いた。
「そう、あれが巫女の父親。本間龍斎だよ」
答えたのはミコリーヌだった。おっさんの本名は無駄にかっこいい。
というか、「なんだよ、鰻子は知らなかったのか?」
「あんな悪影響の塊のような奴を鰻子と会わせるわけにはいかないじゃない」
「なるほど」
巫女の方がよっぽど親をやってるな。
「ったく、余計な労力を使ってしまったわ。部屋も散らかってしまったし、ストレスで胃に穴が開いてしまいそうよ――で、どうなの?」
急に話の角度を変えて俺を見る。たぶんやりたい事を見つけたのかどうかの答えを訊いているのだろう。
「ああっと……まだ」
視線を逸らして頭を掻く。
「やっぱりね。どうせアンタは何も決断出来ないと思っていたわよ」
自覚しているが、他人に言われると素直に頷きづらい。
「……だったら何でこんなことをやらせたんだよ?」
目を細めて訊いた。
「再認識させるためよ。アンタがいかに優柔不断なのかをね」
「なんだそれ。そんなこと、前から自覚してるっての」
「だから再認識だと、言っているでしょう。それに私は別に優柔不断な奴が悪いとは言ってないの」
「だったら何が言いたいんだ?」
「アンタみたいな奴はね、結局のところ、余計なことを色々と頭の中で考えすぎなのよ。そして次々と自分の可能性を潰していくという自滅型」
「う゛」
「根本にあるのは自信の無さで、常にマイナスから物事を考える癖があるんでしょ。でもアンタの場合、人に従うことが楽だとは思わず、どちらかといえば人の上に立ちたい。でも、だからと言って何かを努力するわけでもなく、意味の無い葛藤を続けた挙げ句、結局漠然と時間だけが過ぎていったってところでしょ?」
ぐうの音も出ないとはこのことか。
「まあ、今時別に珍しいようなタイプでもないし、むしろそんな奴は世間的にも増えてきていると思うわ。でもね、そんな漠然な生活を続けていると、一歩間違えたら自宅警備員やホームレス道にまっしぐらよ」
こいつ、俺の脳みその中を覗き見してんじゃないのかと疑いたいくらいに語ってくれるじゃないか。
「そういうわけで、アンタは何か目指す以前に、何かする為の経験値、つまりは自信をつけなければならないわ」
「……自信、ですか」
エロい展開しか想像出来ない。
「男の場合、女を抱くほど自信がつくとは言うけども……喜びなさい、アンタにはそれ以上の経験をさせてあげる」
女を抱く以上の、経験だと……ゴクリ。
「それは、なんだ?」
俺は息をのみ、訊いた。
「それは、かくれんぼよ!」
「……え」
俺が学んできた日本語では、こいつの言葉を理解出来そうになかった。
「あの、何を言っているんですか?」
「そんな見知らぬ地で迷子になった幼稚園児みたいな顔をしなくても大丈夫よ。かくれんぼとは言っても、誰もが知っているような遊び方をするつもりは毛頭ないから」
「それが問題なんだよ。どうせお前のことだから、常識外れの無理難題を俺に押し付ける気なんだろ?」
「……」
遠くを見ながら、無言にならないでくれ。
「とにかく、今日どうこうすることはないから、明日までにしっかりと覚悟を決めておくことね」
「覚悟ってなんだよ……?」
つまり何かを失うということは確定してるってことか。
「さてね。時間はたっぷりとあるんだから、自分の脳みそでじっくりと考えなさいよ」
「ちょっと待ってくれよ。じゃあ、あと一時間だけでも時間をくれ。そしたら絶対に何かやりたいことを見つけるから」
心底巫女の考えるかくれんぼなんてしたくない俺は、どうにかしてこの危機を回避したい。
「無理。私はもうアンタに十分な時間を与えたはずでしょ。自分の思わぬ方向に事が進んでいるからといって、その運命を簡単に変えられるとでも思ったら大間違いよ。何より、脅すことでアンタに決断力がつくっていうんだったら、私は端っから銃口を向けていたわよボケ」
ようはもう選択肢が無いということか――いつものことだな。
「さてと、鰻子、これ掃除しといて」
巫女は散らばる床のゴミに視線を動かして鰻子に言う。
「鰻子がするの? 巫女は鰻子に頼りすぎなんだよ」
口を尖らせて反抗する。
「あら、もう反抗期なの? せっかく遊園地に連れて行ってあげようと思ったのに残念だわ」
「そういうことなら鰻子に任せるんだよ!」
単純な奴だな。
「掃除機は私の研究室にあるから、それを持ってきて使いなさい」
「了解だよ」
鰻子は跳ねる様に玄関へと走って行った。
「じゃあ私達も研究室に行くわよミコリーヌ」
「え、私も?」
「もう十分遊んだでしょ。そろそろ戻るわよ。というか、今から作りたいものがあるからちょっと手伝ってほしいの」
「……分かった。まあそういうことなら」
こちらの世界に長居はしないと自分で言っていたわりには、どこか腑に落ちないような返事をしていた。
「アンタは適当に過ごしてなさい。一応あとから花村が来る予定だから」
「また来るのかよ。あいつも仕事忙しいんだろ?」
「そんなにあいつの体が心配なら本人に直接言いなさいよ。友達なんでしょう?」
それを俺に訊くのかよ。
「お前性格悪いぞ」
「あら、見る目無いわね。私ほど優れた人間は他にいないと思うけど?」
自信満々でそう言う巫女を否定する言葉があるとすれば、それはせいぜい性格が悪いということだけである。
「そうですよ! この節穴野郎!」
おっと、このまま何事もなく過ぎていくような会話かと思っていたが、マザコンのミコリーヌさんがお怒りのようだ。
「大して女性を知っているわけでもないくせに、妄想で美化した自分の女性像と照らし合わせて巫女を批判しないで下さい! そんなクソみたいな思考をしているから、貴方はこれまで残念な人生を歩んできたんじゃないですか!?」
ボロクソだな。
「それくらいにしときなさい」
巫女は荒ぶるミコリーヌを抱くように持ち上げた。




