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「事件て、金也は何をしたんだよ?」
唐突な鰻子の質問である。こういう状況での純粋無垢というのは恐ろしいもんだ。
何気なく、悪気もなく人の心臓をえぐってくれやがる。
だが、別に他人に話せないということでもなかったはずなんだけど……鰻子には、あまり知られたくないのが本音……なんだろう。
喋ろうと口を動かしてみても、全然言葉が出てこない。俺は心の底で、鰻子に嫌われるのが怖いのかもしれない。
「あ、もしかして下着泥棒したんだよ!」
閃いたと言わんばかりの明るい表情で言った。
「してねえよ。というか、大体何で初めにそれを疑ったんだお前は?」
「金也は変態なんだよ」
「笑顔で言うんじゃねえよ」
……。
いや、こういう状況だからこそ、鰻子のような存在に救われるのかもな。
「ほら、休憩は終わりでコフ。貴方にはまだやることがあるでしょう?」
妹とは正反対の姉ミコリーヌは、部屋の中から作業に戻るようにと急かしてくる。確かにそろそろ巫女が起きてきそうな気もするから、何か言い訳は考えておかないといけないか。
「鰻子はちょっと部屋に戻ってくるんだよ。まだあのおじさんがいるのかどうか見てくるんだよ」
パソコンの前に再び座った俺に鰻子が言う。
「分かった」と俺が言う前に、鰻子は足早に部屋を出て行ってしまった。たぶん色々と気掛かりなことがあるんだと思う。
トイレとか。
トイレとか。
トイレとか――でも、鰻子はトイレを使わないよな。
……そういう問題ではないのだろう。女の子だし。
「何をボーっとしているんでコフか、早く何かしらの目標を見つけてくださいよ」
「お前は俺の家庭教師かよ」
「似たようなもんでコフ」
「ふん。でもよ、繰り返すようだけど、何もやりたいことなんて思い浮かばないんだって。そもそも論として、別に今さらパソコンの操作方法を習ってどうなんだって疑問もある。今の時代携帯電話さえあれば何でも出来るって昼のワイドショーで言ってたぞ」
「まったく。それじゃあ巫女に怒られるだけでコフ」
「分かってはいるんだけどさ。……お前は、どうして巫女が俺にこんなことをやらせてんだと思う?」
「さあ? 何を今さら。むしろ私が聞きたいくらいでコフ。どう考えても無駄な時間としか思えませんからね」
それは同感だ。
「でも、これは単なる私の意見でコフが、貴方のように優柔不断で決断力の乏しい人間にとったら、このように強制されて何かをさせられていた方が楽なんじゃないでコフ?」
「……それでも、鎖は必要ねえだろ」
なんて言い返してみるが、なかなか痛いところを突かれていた。
行動力のある人間でありたいと生きてはきたが、それに必ずしも決断力はついてこなかった。
これは本質だから仕方が無い、と言いたいところではあるが、俺は小学生くらいの頃はもっと決断力はあったと思う。俺はいつから、こんな風になってしまったんだろう。
「あれ、私なにか落ち込むようなことを言いまコフ?」
表情を暗くした俺の顔を下から覗き込むように見上げてくる。
「いいや、別に。さてと、何でもいいからまた突付いてみるかな」
「……そういえば、ゲームをしている最中に話していませんでしたか?」
再びパソコンと向き合おうとして体勢を前に起こした俺にミコリーヌが尋ねる。
「話?」
ミコリーヌの言葉にピンと来ないのは、花村との会話以上に濃い記憶が焼きついているからだ。何を話したのかなんてぼんやりとしか覚えていない。
「はい。印税生活がしたいだとか、そんなことを言っていた記録がありましフ」
「あー。そんなことを言ってたっけな。なんだ、盗み聞きしてたのかよ?」
「失礼コフ。貴方達が話していた会話を記録したログを見ただけでフ」
「耳で聞いたか目で見たかの違いだけじゃないかよ。てか会話まで記録されてたんだな」
「ええ。で、どうなんですか?」
「印税のことか? そりゃまあ作曲家みたいに音楽を作るとか、小説を書く文章が上手いなんて才能が俺にあるなら目指す気も起きただろうけどさ。今からピアノを習うなんて言い出しても現実的じゃあないだろ?」
「貴方が本気で目指すのであれば、別に非現実的ということはないのではないですか?」
「……言いたいことは分かるけどさ。よくいるじゃねえかよ。人生の半分を終えているような奴がアイドルを目指すとか。俺もあんな風になりそうで――もとより、俺はそこまで本気になるほどにやりたいことがないんだけど」
「ほんと、駄目な男ですね。私が人間だったら、絶対に貴方みたいな無気力野郎とは付き合えませんよ」
こんな奴でも、そんなことを言われるとちょっとショックな自分がいた。
……。
「あれ、そういえば言葉に『コフ』が付いてなくね?」
ようやく違和感のある語尾に慣れてきたってのに、今は語尾が普通なことに違和感を覚える。
「よく気付きましたね。少々時間はかかりましたが、ようやくバルコフの意識を完全に支配することに成功しました」
「……なんか、サラッと恐ろしいこと言ってないか?」
「そうでもありませんよ。別にデータを消去したわけではありませんし。もとより、私はこの体に長居するつもりなんてないですから、一時的なことですよ」
精神が不安定な奴のわりには、意外と冷静に自分の置かれている立場というのを理解しているみたいだな。そう思えばまた別の意味で、可哀想な気もするけど。
「お前は鰻子みたいな体が欲しいとか思わないのかよ? そんな体じゃなくってさ」
「こちらに来れるというだけで個人的には満足なので、わざわざ人の体が良いということはありませんね。大体、今言ったように私はこちらの世界に長居するわけもつもりもありませんから、巫女に体を造ってもらうような労力を使わせるわけにはいきません」
バレバレな強がりを言ってんな。




