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「分かったよ……でもさ、いつも急過ぎるんだよなお前は」
「そんなことを言っているような奴が生涯独身で孤独死すんのよボケ。目の前に転がったチャンスというものは騙されたと思って食いつきなさい」
「チャンスって何がだよ? ピンチはチャンスとでも言いたいのか」
「アホ。文字通りのままよ。私はアンタに投資をすると言ったの。それはつまり、アンタの将来を買ってあげるってこと」
「俺の……将来?」
耳を疑ったというか、聞き直したくなるような戯言だった。
「そ。賭けと言えるほどの投資ではないけど。たとえばアンタが漫画家でも目指そうってんなら、今すぐにでも必要な画材道具なんかを揃えてあげる――まあ、アンタで人生ゲームを楽しんでいるとでも思ってくれればいいわ」
人の人生で遊ぶか……何となく分かってはいたが、面と向かって言われるとやっぱ腹が立つな。しかも平然と言っている様が更にムカつくぜ。
結局こいつは、俺を盤上の駒としか思っていないわけだ。
「で、アンタやりたい事とかってないの? 子供の頃からの夢とか」
「あ? んなもんねえよ」
苛立ちを抑えているつもりでも、自然とそれが態度に出てしまう。そんな俺を見てか、銃口でこめかみを掻きながら巫女は呆れた表情をした。
「ま、そう言うと思ったわ。何か一つでも明確なビジョンを持って生きてきたならば、もう少しマシな人生を送っていたでしょうからね」
実際その通りではあるが……。
「言いたい放題だな」
「アンタが言われたい放題なのよ」
貴様。
「何にせよ、私がそうと決めた以上、アンタには強制的に何かしらをしてもらわないと気が済まないの。だから、こういう物を用意しておいたわ」
「どういう物?」
「ミコリーヌ、あいつら呼んできて」
「うん!」
ミコリーヌは巫女の命令に頷き、玄関へと走って向かう。
俺は何が起きるのか不安でしょうがない為、防衛本能からベランダに出て窓を閉める。
そしてしばらくも経たない内に、部屋の中へ黒いスーツを着たガタイのいい男達がゾロゾロと入ってきた。
きっとこの厳つい方々は、いつぞや俺に高級羽毛布団を運んできた人達の仲間であると思う。
数えてみれば計四人で、何やら大きな段ボール箱を運んでいた。
「巫女姐さん、どこに設置しますか?」
男の一人がそう声を張る。
……巫女ねえさん?
どう見ても兄弟には見えないから、弟といとことはないだろう。何だか触れてはならないような、裏の世界の匂いがプンプンと漂うぞ。
「そこのキッチンの前でいいわ。出来るだけ早くしてちょうだいね」
「はい!」
軍配のように拳銃を振る巫女の指示の元、せっせと働く厳つい男達。そんな彼らをベランダで警戒する可哀相な俺と、その目の前で天使のような寝顔を見せる鰻子に、かたや巫女のそばで尻尾を振っている姉のミコリーヌ。
俺の体の震えが止まらないのは、単に外の気温が低いからだけではないだろう。
「――出来ました!」
かれこれ十分くらい経過したところで、見事キッチン前に設置されたのはパソコンだった。専用の台に置かれたデスクトップの、黒色の、見た限りでは普通の、新品のパソコンだった。
「ありがとう。もう帰っていいわよ」
巫女はテーブルの上から動かないまま、手を払うような動作をする。
しかし、「……あ、あの、巫女姐さん」
黒いスーツの男の一人が、低い腰で巫女のもとへと近付いた。
「何?」
「いえ、お嬢からお言付けがございまして」
忍のように床へ膝を着く。上下関係が明白だ。というかお嬢って誰?
「だから何?」
「あの……に会いたいと」
俺を一瞥したあと急に小声になった。俺はその素振りが気になって仕方が無い。
「……まあ考えておくわ。どうせまた下らないことでも考えているんでしょうけどね」
「いやそこまでは――では、これで失礼します」
「ええ」
男は巫女に頭を軽く下げて立ち上がると、残りの仲間と共に部屋から出て行った。
「いつまでそんなところで覗き見してんのよ、このド変態が」
「変態て」
窓越しで見る巫女の目は、軽蔑以外の属性を帯びていなかった。俺は視線を巫女から外し、ゆっくりと部屋の中に戻る。
「先に説明しておいてあげるわ。それを使って自分のやりたいことを見つけなさい」
「パソコンでか? 二十年間生きてきても見付からなかったんだぜ。ネットで調べるだけで見付かりゃ誰も苦労はしないって」
鼻で笑うように答える。巫女にしては、平凡な意味で馬鹿だと思った。
「言いたいことは分かるけど、それは単にアンタが無知だからよ。普通に生きているよりも遥かに膨大な情報量がその中にはあるんだから、活用することに意味がないとは言わせないわ」
「それはそうなんだろうけどさ……そもそも俺パソコン使えねえし。前も言ったろ」
「……は? アンタどこのガラパゴスから来たのよ」
巫女は酷く顔を歪ませた。
「うるせえな。貧乏人にはそう簡単に買える代物じゃないんだよ。第一興味がねえしな。携帯あれば十分だし」
「信じられないわ。まさか本当にガラパゴスから来ていたとはね」
「来てはいねえよ」
「まあいいわ。出来ないと言うならば、ミコリーヌにでも操作方法を教わりなさい。そんなもん秒で覚えられるわよ」
「そうきたか」
「うげえ」
俺とミコリーヌは互いに拒絶反応を示した。犬猿の仲とはこういことなんだろう。
「ということだから、頼むわよ」
巫女はテーブル下で座っていたミコリーヌを見下ろして言う。
「グギギ。反吐が出るようなミッションだけど、巫女の願いなら断れないコフ」
語尾が安定してきたようだ。




