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「確か願いって、ミコリーヌの体を造ってあげるってことだったよな?」
「ええ。だから与えてやったのよ、その体を」
「えっ?」
巫女が言う言葉の意味を考えながら、バルコフを凝視していた。すると、これまでは理解の難しい暗号のような言葉を吠えていたバルコフが、俺を見ながら口を開く。
「どうも。現実でもそんな可も不可もない顔をしていたんですね。また貴方と会うということは正直不愉快ですが、私に体を与えるようにと巫女に頭まで下げたという話を聞いたので、とりあえずは噛み付くのを我慢してあげバルコフ」
「……」
俺は沈黙した。
それはミコリーヌが生意気だからでもなく、バルコフが流暢に話す違和感でもなく、たまに語尾が『バルコフ』になっているという無駄仕様に対してでもなく、バルコフの体を与えられたミコリーヌがあまりにも可哀相だったからである。
「お、お前さ、せめて何か新しい体でも造ってあげろよ」
「アホね。いくら私が超絶天才でも、一日で鰻子のような体が造れるわけないじゃない。漫画の見過ぎよカス。ほんと、そのメルヘン脳を今すぐにリセットしなさい。さもないと吹き飛ばすわよ」
巫女だ。
俺の知ってる理不尽で腹立たしい巫女がいる。
ということは、さっきまでのは演技だったってことでいいのか?
つくづく訳の分からない女だ。が、ある意味では安心した。
「こんなところで寝ていると鰻子が風邪を引いてしまうではないですか。神田金也。床で寝ている女の子をそのままで放置しているなんてさすが童貞ですね。死んでしまえばいいと思いバルコフ」
頭の整理をしていた俺の思考をかき乱すようにミコリーヌが言う。見た目がバルコフだし、語尾がバルコフだし、黄色い違和感だらけの物体を見ているだけで俺は疲労が溜まっていく。
「鰻子は今太陽の光りを浴びて充電をしているんだよ。ったく、現実でも面倒くさそうだなお前は」
溜め息と共に全身を脱力させて返事をした。
「失礼な! まるでゲームの中で私が面倒をかけたかのような言い方ですね! マジで貴方は最低な人間バルコフ!」
語尾が気になって言葉がイマイチ入ってこねえよ。
「なあ、こいつずっとここに置いとくのか?」
目を据わらせて巫女に訊く。普通のバルコフですら面倒だったのに、中身がミコリーヌとなればその十倍以上も面倒だ。
「鰻子が起きたら部屋に連れて帰らせるわよ。アンタ以上に私が一緒にいたくないもの」
テーブルの上に足を組んで座っている巫女の冷たい言葉に、ミコリーヌはすぐに反応を示した。
「そんな!? 私は巫女と一緒に寝たいよ!」
口をパカパカと激しく動かす。表情は無いが必死なのは伝わってくる。
「アンタみたいな超合金に添い寝されたら逆に疲れが溜まるわよ。文句があるなら今すぐにでもこの世界からデリートしてあげるけど?」
選択肢を殺ぐ巫女の言葉に「グギギ……我慢するコフ」とミコリーヌは頭を落とす。
ちゃっかり語尾を略すな。
「あ、そうだ!」
ちょっとしたサプライズに忘れかけてたぜ。俺は殺し屋のこと思い出し、さっそく巫女に訊いてみる。
「そうそう、今ベランダに変なおっさんがいたんだけどさ」
「おっさん? 何馬鹿なこと言ってんのよ。そんなことよりもね、今日はアンタにやってもらいたいことがあるのよ」
おっと、思いがけないタイミングでトマホークを発射してきやがった。
この切り出し方は間違いなく俺にとってろくでもないことが待っているパターンだ。
「な、なんだよ? また実験体とかだけはやめてくれよ」
「いちいち怯えてんじゃないわよ。今日はそういうんじゃなくって――ッ」
巫女は話の途中で突然目を瞑り、激しく眉間にしわを寄せた。
「どうした?」
「いいえ、何でもないわ。……とにかく、アンタには今日から仕事をしてもらうわよ」
「……仕事?」
とても意外な言葉だった。しかし、警戒心は怠らない。
「ええそうよ。厳密に言えば、仕事でなくとも、何か時間を潰すようなことをするのであれば何だっていいわ。あくまでも、遊び以外ならね」
「いまいちよく分からねえな。結局何をしろと言ってんだ?」
「それは自分が決めなさい。とりあえずこの部屋の中で出来ることであれば、私がアンタに投資してあげる。何かの資格を取る勉強なり、内職なり、アフィリエイトなり、将来的に金を生む為の過程になるなら協力してあげるわ」
「はあ……?」
巫女の言っていることは理解した……が、ただどうしてそんなことを言い出したのかという疑問に考えは行き着く。
そもそも俺の未来を奪っているこの監禁生活の主犯が、俺の未来の為に何かをしろという意味、意図が分からない。
「あのさ、お前は俺に何をさせたいんだよ?」
勉強や仕事させた先のことを訊いている。
「何って、そんなことすらも理解できない馬鹿なの? まいったわね。そこまで知能レベルが低いとは思わなかったわ」
額に手を添えて目に見えるような白い息を吐いたのち、話を続けた。俺はその姿を細めた目で見つめる。
「何も私はアンタをここで飼い殺ししようってんじゃないのよ。ましてや、タダ飯を食わせるようなことも本意ではないの。何よりアンタ自身もずっと部屋の中でテレビを見てるだけってのもつまらないでしょ?」
「いや、だったら俺を自由にしろよ」
「それは無理ね。ただし、そこまで望むのであれば別の意味でならフリーダムしてやってもいいわよ」
そう言って不敵に微笑み、パーカーのフードから鈍く光る拳銃を取り出して見せた。




