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もう少し詳しく説明すると、黒髪のオールバックに、褐色の肌、黒い革の手袋に黒いスーツ、そして黒いサングラス。年齢は五十代くらいに見える。
そんな不審度マックスな男が隣のベランダで膝を着き、手すり壁の端にある一メートルほどの柵の隙間からライフルを突き出して何かしらを狙っている。
どっからどう見ても殺し屋にしか見えないが、まさかこんなところで出会うとは思っていなかったので、俺の思考速度は著しく低下していた。
「ヘイユー。あまりジロジロ見られると、集中できないんだが」
ライフルのスコープに片目を当てたまま、殺し屋は言った。
サングラスをしたまま見えんのかよ──なんて思ったりしながらも、俺は身を竦まして返事をする。
「は、はい。すいません……って、いやいや! ていうかあなた誰ですか!?」
当然の抱く疑問に誰何する。
このマンションには巫女しか住んでいなかったはずだ。こんな危険なおっさんが住んでいるなんて聞いていませんがな。
「ミーか? ミーは殺し屋だ」
だろうな。
「それは何となく、見て分かるんですけど……」
殺し屋という時点で理解に苦しむ存在だが、なぜここにいるのか、それが一番の疑問だ。
「あの、そんなとこで何してんすか?」
「見て分からないのか? 殺しだよ」
大問題だよ。
「ちょ、嘘ですよね?」
「嘘だ」
嘘なんかい。
「本当は真正面にあるビルの女子更衣室の中を覗いている」
「ただの変態じゃねーか」
「と見せかけて、その女子更衣室で着替ている女性の下着を今から、撃ち外す」
……。
「やっぱただの変態じゃねーか!?」
「……ふう。ジョークの通じない小僧だな。嘘に決まっているだろう」
溜め息を吐きつつ、殺し屋はスコープから目を離し、おもむろに立ち上がった。身長は俺よりも少し高く、体格も良い。鼻も高くてサングラスがお似合いだ。
ふざけたことを言っていたが、やはり風貌は殺し屋以外の何者でもない。
厳つさの塊である。
そんな厳ついおっさんと、ベランダを区切る白い壁一枚を挟んで対峙している俺はただただ怯えている。手すり壁に身を乗り出してまで見るものではなかったな。
「ユーは殺し屋を見るのは初めてか?」
アホな質問ではあるが、今の俺に黙秘権は無い。
「そ、そりゃもちろん」
「そうか。だからそんな憧れの眼差しでミーを見ているんだな」
見てねーよ。畏怖してんだよ。
「ここでは話しづらいな――よっと」
殺し屋はライフルをその場に置き、柵の上に足を乗せてこちらのベランダに入って来た。俺は自然と後退りをして、殺し屋と二メートル以上の距離を取る。
「おお、どこに行ったのかと思えば、こんなところで寝ていたのか」
そう言う殺し屋の視線の先には、部屋の中で眠っている鰻子がいた。その瞬間、俺は鰻子が言っていたおじさんという存在を思い出す。
「鰻子と知り合い……なんですか?」
「そうだな。もはやミーとシーはミッシー状態だ」
至極真面目な顔で言ってる。
「……」
こ、こいつ、あらゆる意味でヤバいぞ。
何だミッシーって?
親父ギャグにもなってねえじゃん!
殺し屋用語か何かですか?
誰かあらゆる言語が理解できるという翻訳こんにゃくという未来道具を持っていませんか?
「しかし、巫女の奴も変な趣味を持ったものだ。部屋で男を監禁するとは、またおかしな実験でもしているのかもしれんがな」
腰に手を当て、俺に繋がる鎖を眺めている。俺は殺し屋の言葉に眉をひそめた。
「はい? 巫女とも知り合いなんですか?」
「ああ、そうだぞ。巫女に銃の撃ち方を教えたのはミーだからな」
口角を上げ、自慢げに答えた。
「銃の撃ち方って……」
だからあいつは銃の扱いがあんなにも上手いのか。余計ことを教えてくれやがったな。
「で、結局あなたは巫女の何なんですか? いつから鰻子の部屋にいたんですか?」
「ユーは質問が多いな。ユーのことを『質問君』と名付けよう」
「絶対にやめてください」
「ちなみにミーのことは『キング』とでも呼んでくれ」
中二かよ。
「さて、質問は何だったかな?」
もう忘れたのかよ。見た目とアホさのギャップがありすぎだろ。
「えーっと……だからですね」
少し呆れ気味に、もう一度質問をしようとした。
だが、「待て!」
殺し屋は突然手の平を俺に見せ、耳を澄ますように目を細める。何がなんだか分からない俺は、眉間をひねらせたまま静かに硬直していた。
しばらくすると、
「……さらば!」
「へ?」
一体どうしたのか、殺し屋は忍者のごとく素早い動きで鰻子の部屋のベランダへと戻っていった。
「お?」
気配がした方へ目を向けると、廊下から部屋の中に入って来た巫女とバルコフがいた。
もしかして殺し屋は巫女から逃げたのかな……だとすれば何故だろう?
「早かったな。もう研究室での用事は終わったのか?」
窓を開けて部屋の中に戻る。
「ええ。ていうかアンタそんなところで何してんのよ。まさか地上の通行人に助けでも求めようと叫んでいたんじゃないでしょうね?」
どこかで見てたのかよ。まさか隠しカメラでも仕込んで――あれ?
「お前、なんか話し方が変わってね?」
正確には戻ったという表現の方が正しいか。括っていた後ろ髪もほどいているし。眉毛は逆ハの字だ。
それに何よりも、自分がこの世で一番偉いことを自負しているようなオーラが体中から滲み出ていて、先ほどの柔らかな雰囲気は完全に消え去っていた。
「何ボケたこと言ってんのよ。脳みそにウィルスが繁殖してんじゃないの?」
まるで身に覚えがないという態度で俺の疑問を振り払う。
転々とするこの展開に俺の思考が追いつかないことは言うまでもないが、今まで以上にモヤモヤと胸に残る謎だ。
「ところで、昨日のお願いはソレよ」
そう巫女がアゴで俺の視線を促した先には、眠る鰻子の前で尻尾を振るバルコフがいた。何を言っているのか分からない為、俺はすぐその意味を訊いてみる。




