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「ん、ん……」
朝起きるというのは、どうしてこんなにもだるいのだろう。
夜中に目を覚ました時は嘘みたいに目も頭も冴えているというのに、朝起きるのは本当に苦手である。
あ。
そういえば、今日も日勤だったな。
パートのおばさんが俳優の花村結城のイベントに行くとかで急遽代わりに出勤する事になっていた。困った時はお互い様ということだが、断っておくべきだった。
……。
コンビニで働き始めて約半年。
仕事に慣れてはきたが、やりがいというものは特に見付からない。
商品を陳列して、レジを打って、たまに来る変な爺さんの相手をする毎日だ。
仕事を変えたいかと問われれば、俺は迷わず首を縦に振る。
それでも今の仕事を続ける理由は、街中のコンビニなので時給が高く、そこそこ良い給料が貰えることだ。
そうでもなければ、口うるさいくせに仕事は出来ない先輩や、暇とあらば携帯電話をいじってばかりのギャルなんかとは一緒に働きたくはない。
定職に就かない自分が悪く、考えが甘いと言われるとそれまでのことで、分かっているからこそ誰かに愚痴ることもなく日々生きている。
さて、そろそろシャワーでも浴びて準備をするか……?
ガチャガチャ。
「???」
手が……動かない。
「――って、えっ!?」
目を開けた。
見えた景色は俺の部屋ではなかった。
瞬時に昨夜のことを思い出し、ここが昨日訪れた巫女の立派な部屋だということを思い出す。
そして何故だか、俺は部屋の左空間にある不自然な四角い柱へ寄りかかるように座っていた。
問題なのは、両手が柱の後ろで手錠されており、自由に身動きが取れなくなっていることだ。
「ちょ、えっ、何これ、え!?」
自分の置かれた状況を把握した俺だが理解は遠く、頭の中は混乱が続く。
何がどうしてこうなったのか、必死に記憶を辿ってみる。
「……」
……ワインを飲んだ辺りから、全く記憶が無い。
酒に酔って眠ってしまったのか?
いや、それならこの手錠をかけられている状況の説明が出来ない。
寝ていたから『毛布をかけました』なら分かるけど、『手錠をかけました』なんて意味不明も甚だしい。
もしかして、何か放送禁止用語に引っかかるようなプレイの最中で俺は疲れ果て、眠ってしまったのだろうか?
マジかよ。
手錠をかけるってどんなプレイだ?
熱々おでんとかですか!?
「おはよう金也」
「あ、おはようございます――ってウワァッ!?」
挨拶をされたから反射的に返事をしたが、存在を認識した途端に俺は思わず声を上げて驚いた。
「……え」
俺の視線の先、俺の真横に声の主はいた。
プラチナブロンドの綺麗な髪色をしたボブヘアの女の子が正座をして俺を見つめている。真っ直ぐな灰色の瞳でニコニコと微笑み、どことなく嬉しそうな表情を浮かべている。
ニコニコ、ニコニコ。
めっちゃニコニコしてる。
目が大きく、顔立ちがはっきりとしている。髪色からしても西洋人の子供というのは見て取れるが、輪郭は少し丸みがあるので、もしかするとハーフかもしれない。
肌は白くて、頬に少し赤みが差している。服装は黄色のパーカー、中は白色のワンピースを着ている。足は素足だ。
年齢は中学生くらいに見えるけど、仕草が幼いので小学生かもしれない。
さて、お前は誰だ?
「あ、あのー。君は?」
怪訝な表情でとりあえず訊いてみた。
「うなこだよ」
見た目通りの幼い声で答えてくれたが、俺はその名前を一度で聞き取れなかった。
「うまこ?」
「違うよ。うなぎに子供の子と書いて、うなこ、鰻子だよ」
丁寧に漢字まで教えてもらっておいてなんだが、率直な感想は『変な名前』だ。
何か意味があるとしても、自分の子供に、ましてや女の子に鰻の文字を入れた名前を付けるなんてのは正気ではない。
鰻屋の娘なら百歩譲って理解するが、どうみても鰻とは無関係な容姿をしているし、ただ漢字がカッコいいという安易な理由で名付けられた可能性が高い。
今からでもアリスとかに改名するべきだ。
「……ところで君はここで何をしてるの?」
「鰻子は金也を見ているんだよ」
「あ、そうじゃなくて……」
口調からして何となく察してはいたが、普通に会話をして情報を得られるのは難しいかもしれない。
「じゃあ、巫女はどこにいるのかな?」
「巫女? 巫女は……」
カチャン。
扉の開閉音が聞こえた。
噂をすれば何とやらで、音に反応して視線を向けると、廊下から巫女が現れた。
「……巫女?」
巫女は白色のショートパンツ、白色のパーカー、黒色のキャミソールという格好に変わっていた。
ただ、その服装に関してはスラリと長い脚が綺麗に見えて最高だな思うくらいの変化で何の問題もない。
気になるのは見た目ではなくて、醸し出す雰囲気である。
喩えるなら、昨日の巫女が愛らしい子犬のような雰囲気だったとすると、今俺の目に映っている巫女は百戦錬磨の土佐犬のような威圧感がある。