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只今、監禁中です  作者: やと
第五章 殺し屋
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「ふーん一人か。じゃあリンゴと梨ってどっちが好き?」

「な……梨、かな」


 俺が必死に見栄を張ったというのに、巫女はそこまで興味を持っていなかったようだ。湧き出る羞恥心に頬が熱くなる。


「顔がトマトみたいに赤くなってるけど、ホントに大丈夫?」

「トマトだと!? あ、いや……」


 駄目だ。

 完全に調子が狂ってる。こりゃ今日は辛い一日になりそうだな。



 ──緊張感のある朝食を食べ終えると、巫女は当たり前のように食器を洗い始める。昨夜料理を作ったことに驚いていたことがアホみたいだ。

 まさか鰻子を造ったこと以上の驚きを連続で与えてくれようとは、さすがは巫女と言ったところだろう。


「じゃあ私は研究室に行ってるから」


 エプロンを脱いでソファーにかけると、いつもの白いパーカーをタンスから取り出して着た。


「あ、ああ、分かった」


 俺はテーブルの前であさっての方向を見ながら頷く。


「一応鰻子を呼ぶから、お風呂に入りたかったらまた着替えるのを手伝ってもらってね」


 そう柔らかく微笑み、巫女は部屋から出て行った――と思いきや、すぐに玄関扉を開けて部屋に戻ってきた。


「ふふ、忘れ物があったわ」


 ベットのそばまで駆け寄り、枕の下から何かを手にとってパーカーのポケットに入れる。

 黒いイヤホンのような物が見えたから、おそらく音楽プレーヤー的な物だと思う。


「じゃ、冷蔵庫にある物は好きに食べていいからね」


 照れ笑いをして部屋を改めて出て行く。


そんな巫女を「あ、ちょっと待って」俺は呼び止めた。


「ん、何?」


 俺は思った。

 巫女が演技をしていなかった場合、本当に性格が変わったということになるわけだ。

 優しく慈悲深そうな印象を受ける今なら、頼み込めば俺を解放してくれるかもしれない。

 それは針穴程度の希望ではあるが、試してみる価値はある。


「巫女、足首がもの凄く痛いから、この足枷をはずしてくれないか?」


 足首が痛そうに表情を作って訊いた。


 ……。


「無理。じゃあ大人しくしててね」

「はい」


 これが人生だ。

 巫女は希望の針穴を塞ぎ込み、さっと部屋から出て行った。


「はーあ……」


 ま、少なからず変な緊張感はこれで無くなった。だけど募った不安が解消されることはない。

 何にしても、俺は原因を考えることに意味が無いことを素直に学習すべきだ。巫女と俺の脳みそはまるで構造が違うわけだし。

 これから鰻子が来ると言ってたから、言われたようにシャワーでも浴びようかな。でも、その前に用を足しておこう。

 俺は立ち上がり、ゆったりとトイレへと向かう。そして中に入り、便座に腰を下ろす。


「ふう……」


 最近は男も座って小便をするようになってきてるようで、胡散臭い大学教授だかが男のメス化が進行してるとテレビで言っていた。


 それって進化じゃねえの?


 なんて思ったりはしたんだけど、今度は遺伝子のY染色体がどうとかで、いずれ男はこの世からいなくなるという都市伝説を聞いた。


 だったら退化してんじゃね?


 なんて思ったりはしたんだけど、俺は最終的に草食系という単語を生み出した人間に怒りを覚えていた。

 そんな言葉があるから、女化した男が増えてるような錯覚をしているんだという結論に至ったのだ。

 そもそも草食系の男なんてほとんどいない。本質はみな肉食だ。

 先ほど言っていたように、俺は彼女なんていたことはない。当然さっきの巫女のような質問なんてのは合コンで耳にタコが出来るほどされたもんだ。

 時には正直に答えたこともある。

 するとどうだ、女の子達は口を揃えて「草食系?」と、気遣ったような笑みや引き気味の顔で言う。


 俺は餌にありつけないハイエナなだけなのに、草食系という言葉が存在するせいでシマウマ扱いだ。

 そりゃあ意気消沈して、便座に腰掛けて落ち込む日もあるってもんだ。


「……」


 トイレの中では色々と考えごとをしてしまうものだけど、こんな下らないことを考えているのはやはりさっきの会話が気になっているからである。


 我ながら小さい男だ。俺はシマウマどころか、せいぜいヤギあたりだな。


 メエー。


 ……。


 ジャー。


 用を足し終え、水を流してトイレを出る。


「ん?」

 ベランダの方に目を向けると、正座をして陽射しを浴びる鰻子がいた。


「鰻子、おはよう」

 どことなくせつない背中に挨拶する。


「うん、おはよう金也」


 振り向いて挨拶をするその顔は、まぶたを重たそうに動かしていた。見るからに眠たそうだ。

 いつもならトイレを覗く勢いで俺に接してくる鰻子なのに、いつの間にか部屋に入っていたという時点でおかしいとは思っていたが、どこか体調が悪いのかな……でもアンドロイドだしな。


「どうした? なんか疲れた顔をしてるぞ」

「うーん。鰻子は昨日の夜からずっとおじさんの話を聞いていたから寝てないんだよ」


 頭をししおどしのようにコクコクと落としながら答える。

 省エネの為に寝ることが必要だとは知っているが、寝不足という機能もちゃんと付いているんだな。

 太陽光に当たってるのはとどのつまり、エネルギーを沢山消費してしまったから充電しているってことか。

 しかし、昨日からおじさんがどうとか言っているけど、一体何のことだろう?


「……」


 訊きたいのは山々だけど、鰻子はもはや寝ていると言っていいほどに眠たそうだ。ウトウトと頭を揺らしながらしばらく目を閉じたり、開けたりを繰り返している。


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