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只今、監禁中です  作者: やと
第五章 殺し屋
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 目覚めて真っ先に思い出したのは、巫女に殴打された記憶だ。おかげで俺は目覚めた瞬間に布団から飛び起きてしまう。


「……?」


 トントントン。

 聞こえてきた音は、昔実家でよく聞いた懐かしい音だった。


 この一定のリズムで刻まれる音を聞く度に朝を感じ、迫る登校時間に嫌気が差したものだ。台所で野菜を切る母親の姿は今でも鮮明に覚えている。おそらく永遠に忘れることの無い記憶だろう。

 ただし、今見ているこの光景も、ある意味では一生忘れることのない出来事かもしれない。


「あ、おはよう」


 優しい微笑みをする巫女がキッチンの中にいた。


 野菜を切っている様を見るに料理を作っているのだろうけど、俺が硬直している根本的な理由はそこではない。


「昨日のカレーが余ってるから、とりあえず今日の朝ご飯はそれで我慢してくれる? その代わり、今日の夜は金也の好きな物を作ってあげるからね」


 ふふふ、と巫女はまた微笑んだ。

 珍しく白いパーカーは着ておらず、紺色のTシャツの上から赤いエプロンをしていた。

 髪型も後ろで一括りにしており、全体の雰囲気がもの凄く主婦っぽいというか、大人っぽくなっている。

 一体どんな心境の変化があいつにあったのかは知る由もないが、そんな巫女を目の当たりにしている俺は――……、


 こええええええええええええええええええええええええ!!


 な、何ですか?

 何を企んでいるんですか?

 何でそんなにニコニコとしながらトマトを切っているんですか?

 俺ですか?

 俺の頭部をイメージしながらトマトを切り刻んでいるんですか?


「どうしたの、体を震わせて? 寒いんだったら暖房つけていいよ」


と、ニコリ。


 良くねえよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 常時床暖房してるこの部屋に寒さなんて微塵も感じねえよ。俺が感じてんのはお前に対する寒気だけだよ!


 というかその口調なんだよ?

 これまではどことなく人を蔑むような口調だったのに、今の巫女からは聖母のごとく優しさしか与えられない。


「お、お前どうしたんだよ?」


 色んな意味をひっくるめてそう訊いた。


「どうしたって、何が?」


 全然伝わらなかった。


「いや、だからその、なんかお前っぽくないというか……」

「歯切れ悪いね。もうちょっとハッキリ言ってもらえると分かるんだけど」


 巫女は困ったような表情をする。いつもなら眉毛は逆ハの字になるはずなのに、今日はただのハの字だ。


「まあとにかく、ご飯を食べよ」


 巫女はカレーライスとサラダをテーブルに運ぶ。メニューは昨夜と全く同じだが、調理をした当人はまるで別人に思える。

 それこそ初めてここで朝を迎えた日のように、ただただ俺は巫女の変化に呆然としていた。


「あのー、俺って何か悪いことでもしましたか?」


 テーブルに着き、対面する巫女に訊く。


「別に何も……さっきからどうしたの? 何か変だよ」


 それはお前だよ。


「ホント大丈夫?」

 心配そうに俺を見つめる。可愛いけど、こえー。


「……」


 話せば話すほど身が竦むぜ。

 絶対に何かを企んでいることは間違いないだろう。こいつが無条件に優しさを見せるとは思えない。


「あ、そうそう。昨日の願い事だけど、この後ミコリーヌの体を用意するからね」

「は、はあ……そうっすか」


 俺は口をぽかりと開けたまま返事をした。もはやそんなことはどうだっていいのだ。


「ところで、鰻子は?」


 巫女は自身の変化を認める気はないようだし、とりあえずは話を替えて様子を見よう。


「部屋で爆睡してる。どうやら夜遅くまで起きてたみたい」


 そう答え、箸でつまんだサラダを食べる。


「そっか」


 なんだかんだ鰻子がいないのは寂しいな。それに今の状態のこいつと二人きりでいるというのは恐ろしくてたまらない。

 せめてバルコフでもいてくれたら気は紛れるのに、今日に限って誰もいやしないとは――これも悪企みの内なのか?


「さっきからジロジロと人の顔を見てるけど、私の顔に何かついてる? ていうかまだ食べてないね。もしかしてもう飽きちゃったの?」


 凝視していた俺を巫女が凝視し返す。


「ああ、いや、そうじゃないんだ。いただきます」


 プレッシャーに押し負けて、俺はせっせとご飯を食らう。


 ……やはり二重人格だったというオチはさすがにないとは思うが、あまりにも変だ。巫女を見ていると、本当に元からそういう性格であるかのように振る舞っている感じがする。

 とても演じているようには見えないんだよな……花村以上の演技力だ。


「金也って、これまで彼女とかいたことあるの?」

「ぬわっ!?」


 唐突過ぎる巫女からの質問に身が引いた。


「なな、何だよ急に?」

「別に深い意味はないんだけど。何なとなく」


スプーンをくわえて俺を見つめる。


「……ひ、ふ、一人だけだけど」


 俺は答えた。

 だが実は、この数字でも見栄を張っているのだ。

 最初は二人と答えようと思っていたけど、二つもの嘘エピソードは妄想できないと瞬時に判断した結果、一人と答えることにした。

 実際は彼女いない暦=年齢というやつだ。それを口にしなかったのはしょうもないプライドからである。


 何も俺は草食だったわけじゃない。どちらかというと攻めていった方だとは思う。

 告白した回数は数十回。全てフラれ、今の俺がある。合コンに行けば必ず俺とアフリカゾウみたいな女が取り残され、良い感じになった子がいたと思えば全員彼氏持ちだった。


 例外もあるが、それは俺の理想が邪魔をした。一つ妥協していれば人生は変わっていたのかもしれない。段々と周りと話が合わなくなり、劣等感を覚えていったのも確かだ。

 だけど今それら全ての言い訳を巫女に話す必要などどこにもない。


 話したくも無い。


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