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これが夢なら覚めてほしい──いや、夢みたいなものなんだが、アレがこの場所に存在してしまっているこの現状をひたすら否定したいということである。
宿屋で寝ていたから実際はそれなりに時間は経過しているのだろうけど、感覚的にはほんのさっきの出来事なんだよな。俺にとっては……。
それに俺事だが、体に刺さっていたナイフがいつの間にか消えている。おそらく持ち主だった盗賊が死んでしまったからなのかもしれない。
「あ、君はサンちゃん。どうしたんだ、また俺達を騙しに来たのかな?」
毒を盛られそうになっていたことなど知らない花村は、悠長な態度でミコリーヌに話をかけていた。
そういえば、ミコリーヌだということも知らないんだったな。
「ふん、もう小細工も小芝居もするつもりはありませんよ。鰻子のせいで世界の裏側にテレポートさせられた時は正直テンパりましたが、未完成の土地にはテスト用のアイテムがごまんと転がっていましてね、おかげでマジックポイントも完全に回復しましたよ」
格好は相変わらずアホみたいだが、その顔は自信に満ち溢れていた。
マジックポイントが回復したってことは、またあの巨人を召喚するほどの魔法が使えるってことなわけだ。
最後の最後に、面倒なことになった。
あいつがラスボスというのなら気合いを入れ直せも出来るが、訊くまでもなくそれは違うだろう。
大体、結果的に盗賊を全員退治したはずなのに、どうしてエンディング的な展開にならないんだ?
まさかあのペラペラ野郎の偽情報だったのか……くっそ、モチベーションを高めるきっかけが全然見つからない。
「ふふふ、相当焦った顔をしてますね神田金也。見えてますか、これが?」
ミコリーヌは不敵に微笑んで頭上に指を差す。
そこに表示されていたのは、
LP 999999
MP 999999
俺達にとって絶望的な数字だった。
「回復アイテム以外にもパラメータを上げるアイテムもありましてね。貴方の無限ライフポイントには負けますが、これだけあれば十分に苦痛を与え続けることが出来ますよ」
もうすでに苦痛だっての。ゴールが見えないというのは、この上なくストレスが溜まる。
「なあ金也、さっきから話が見えないんだけど……」
異様な空気を読み取り、苦い表情で花村が俺を見る。が、いちいち説明をするのは面倒だ。
というか、それどころじゃねえ。
ミコリーヌから逃げるべきか、倒そうと試みるべきか……。それとも、わざと殺されてみるか。いや、それは無し。ゲームでも死ぬのは怖い。
だったらどうする?
「おい金也!」
「!?」
花村の大声に反応して前を見ると、ミコリーヌの持つステッキの先端から電撃がほとばしる。
逃げる間もないほどのスピードで迫る電撃に、俺は顔を腕でガードする以外の術を思い付けなかった。
「ぐわっ!」
もちろん、俺ライフポイントに何ら影響は無い。しかし、今回のダメージは今までとはわけが違う。
「っ!」
チクチクと全身を針先でつつかれるような痛みが襲った。とは言っても激しい痛みではなく、蚊に刺された時の痒みに近い苛立ちを覚える。
「どうですか? 地味に痛みを与えるように攻撃を弱めてみたんです。この世界において、痛みは大きいほど弱くなります。つまり現実だと即死するような痛みは無痛になるんです。しかし、弱い痛みは現実同様に感じることが出来るんですよ」
なるほど、だから俺を苦しめたいが為にわざと攻撃を抑えたわけだ。さすが、巫女の作った人工知能なだけはある。
最悪だ。
「おい、魔法を使うなんて卑怯だぞ! こっちは接近戦しか出来ないんだからな!」
山積みになった盗賊達の上に立って花村が吠える。目頭を立てて怒るべきことなのかという疑問はとりあえず呑み込もう。
「……うるさいですね。貴方はそれなりに優しかったので見逃してやろうと思っていましたが、今の発言でマイナス評価です!」
そう返すと、ミコリーヌは花村の下に倒れている盗賊達に向かって電撃を放った。すると瀕死だった盗賊達はその一撃でみなトドメをさされてしまい、同時に煙となって消滅する。
「おわ、おわぁ!」
当然、盗賊達の上に立っていた花村は足場が無くなり、重力に従って、後ろに転がるように地面に尻餅を着いた。
「ぐふっ!」
その後花村はぐったりとして地面に横になったまま動くことはなかった。
……え。
嘘でしょ。
「尻餅で死んだのかよ!?」
俺の声にも反応しない。
ピクリとも動かない。
呼吸をしている様子もない。
ライフポイントが1だった。
これらの情報から、花村が死亡したという判断は妥当だろう。体がモンスターのように消滅しないのはプレイヤーだからだと思う──いずれにしても、何やってんだあの馬鹿。スターが本当に星になってどうすんだよ。
しかし盗賊相手にあれだけ無双していたのに、死因が尻餅とか哀れすぎる。どこか抜けてる感じが花村らしいといえば花村らしいけどな。
おかげで全く涙が出ない件。
「ふふふ、その不安そうな顔を見てるとゾクゾクしますね。貴方は彼のようにデスることは出来ませんが、そもそもの目的は貴方を苦しめることなので、むしろライフポイントが無限なのは好都合ですよ」
ミコリーヌは不敵に微笑みながらじりじりと距離を詰めてくる。ほんと、拷問とかはマジで勘弁してほしいぜ。
全く持って理不尽な憎しみを人工知能からぶつけられ、終わりの見えないゲーム世界で孤独となった俺にもう一度金髪貧乳女神は微笑まないものか……。
なんて、奇跡に期待しても仕方がない。
「……なあミコリーヌ、少し俺と話をしないか?」
俺はミコリーヌに話し合いを求めた。勝てる見込みもないし、故意にゲームオーバーにもできないし、話し合って説得することが俺にとっての最善策だった。




