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「……」
あまりの広さに呆気に取られる。俺の部屋が六畳だから、そこから考えると五十畳ほどはありそうなワンルームだ。
まず、真正面にはベランダへと繋がっているだろう大開口窓があり、黒色のカーテンに覆われている。天井や壁が白いだけに黒色がとても目立つ。
部屋の右側に目を向けると、コートを脱ぐ巫女の姿が見える。こちらにはベッドやテレビ、ソファーやテーブルやタンスなどの家具があるのだが、その全てが右端の狭い空間の中に配置されている。
とにかく奥行きが凄い。廊下は部屋の中心ではなく左寄りに繋がっているようで、今の立ち位置からすると左側の空間は狭く感じる。
とはいえ俺の部屋よりは全然広く、清潔感のあるお洒落なキッチンや冷蔵庫などの家電を発見。食器棚はなく、普段から料理を作っている様子はなさそう。
あとは……というか、それが一番気になっていたのだが、左側の空間の中央辺りに不自然な白い柱が一本ある。
それほど太くはないけど、頑丈そうな四角い柱だ。
部屋の構造上必要な柱なのかもしれないが、違和感を抱かずにはいられない。
それににしても全体的に白が目立つ部屋だ。着ている服も白いし、彼女の好みなんだろう。
「めちゃくちゃ広いね。正直、無駄に広くない?」
歩み寄ってきた巫女に声をかける。必要最低限の物しか見当たらず、綺麗好きにしても物が少ないように思えた。
「そうかな。ワイン持ってくるからソファーにでも座って待ってて」
巫女はキッチンへと入り、俺は言われた通りに右奥のソファーへと向かった。なかなか距離がある。
「ほんと広い部屋だな。自分の部屋が犬小屋のように思えてくるよ」
ダウンジャケットを脱ぎ、肌触りの柔らかい白色のソファーに腰を下ろし、高い天井を仰視した。
部屋が広いからか、電灯は計三カ所に取り付けられている。そういえば、電気も勝手に点いてたな。
「実はここ元々は三部屋あったんだけど、邪魔だから壁を全部壊してもらったの」
ワインとグラス二個を持って巫女が歩み寄る。
「結構大胆なことをするんだね」
「部屋はこだわりたくて」
てことは、あの不自然な柱は壁をぶち壊した時の名残なのかもな。きっと構造上の問題があって取り除けなかったんだろう。
巫女は俺の隣に腰を下ろし、ワインとグラスをテーブルに置いた。
ボトルに貼られたラベルの英単語は全く読めないが、何となく俺の月給よりも値段が高そう。
「このワイン私と同い年なの。つまり、金也とも同い年ってこと」
ポンッとコルクを抜いて開け、グラスに赤ワインを注ぐ。
「あれ、巫女は飲まないの?」
巫女は自分のグラスにワインを淹れないままボトルをテーブルに置いた。
「ううん、後で飲む。私は先にシャワーを浴びてくるね」
し、シャワーだと!?
「テレビでも見ながら寛いでて。すぐに出てくるから」
そう微笑みを見せて立ち上がり、妙な色香を残した巫女は廊下へと消えて行った。
てて、大変だ。
てえへんなことになったぞ。
なんという超展開。
中二の頃に思い描いていたような夢のシチュエーションが現実となった。
昔友達のお姉さんが、『ちょっと着替えるから部屋に入らないでね』って言っていた中二の夏のようなドキドキ感を思い出す。
あーヤバい、めちゃくちゃ緊張する。震える。手が震える。
これから先は未知の領域だ。
体がそわそわして落ち着かない。
体がふわふわして落ち着かない。
体がもやもやして落ち着かない。
「!」
そうだ。
少しでも気を紛らわす為にここは酒の力を借りよう。でないとこの先確実に頭がパンクしてしまう。
「ごくごく……ぷはぁ!」
グラスに入っていたワインを一気に飲み干した。お酒はあまり強くないので、一杯だけでも酔いが回るはず。足りなければ勝手に注ぎ足して飲めば………。
……あれ?
何だ、頭が急に重くなってきた。
おいおいマジですか?
いくら酒に強くないとは言っても、グラス一杯のワインで眩暈を催すほどに弱いとは思わなかった。
テーブルに両手をついていないと体を支えられない。脳天に錘が載せられていくように、徐々に頭が下がっていく。
……マズい、睡魔が襲ってきた。
なんか、おかしいぞ。
「……あらあら、馬鹿ね。まさか一気に飲んじゃったの?」
聞こえた声に反応して目を向けると、腕を組んで壁に寄りかかる巫女がいた。シャワーを浴びたような様子は見受けられない。
「ぅぅ……」
もう俺には返事をするほどの余裕もなく、呻き声しか発せられない。
「一口だけ飲めば自然と眠れたのに……気持ち悪いでしょう? まあ、自業自得よね」
巫女が歩み寄って来るが、段々と視点が定まらなくなってきた。
駄目だ。
もう限界だ。
睡魔に抗えそうにない。
まぶたが勝手に落ちてゆく。
力の入らなくなった腕を崩し、ソファーに座った状態のままテーブルに額をつけて目を閉じる。
そして、巫女は徐々に意識が薄れていく俺の耳元に顔を近付けて――囁いた。
「んふ、残念でした」
綺麗な薔薇には棘がある。
そんな誰もが知っている誰かしらの名言を身に沁みて感じながら、俺は眠りについたのだった。