12
「……あれ、お姉ちゃんぽいのがいなくなったんだよ。神隠しだよ」
お前が消したんだよ。解釈の仕方によっては鰻子の天然はホラーだよ。
「おーい鰻子、俺の声が聞こえるか?」
弱々しい声で鰻子に声をかける。
「ううん。金也の声は聞こえないよ。文章になって表示されているんだよ」
「そうなんだ」
ミコリーヌの声は聞こえて俺の声は聞こえないのか。よく分からない仕組みだな。
「まあ何でもいいや。とにかく、ありがとう」
「鰻子は褒められるような事をした覚えはないんだよ。褒められるよりも、一緒に遊んでほしいんだよ」
甘えるような声で言う鰻子に萌えた。
「そっちに戻ったら一緒に遊んでやるよ。それまではバルコフと遊んでな」
「分かったんだよ。ならバルコフと……あっ!? 思い出したんだよ!」
割れた声が俺の鼓膜に刺激を与える。
「何をだよ?」
咄嗟に俺は耳を手で押さえて訊いた。
「謎のおじさんをトイレに投げ入れたままだったんだよ!」
何だそれは!?
「何を言ってんだ。謎のおじさんって何なんだ鰻子?」
気になって仕方ないワードにすぐさま答えが欲しかった俺だったが、鰻子はそれっきり音信不通になってしまった。きっとどこかに行ってしまったのだろう。
「……嵐みたいな奴だな」
なんて呟きながら、頭を垂れて息を吐く。
さて、結果的に俺は死なない体になったわけだが、この疲労感はどうにかならないものか……。
「ん?」
床に転がっているドクロマークの空瓶。それをよく見ると、何やらラベルに説明文のようなことが書いてある。
手に取って読んでみると、『怠ビッシュ剤の効果は、最高で五時間は持続します』とあった。
という事は、自然に治るわけだな。だけど五時間はさすがに長いな。この体調だと倍くらいの長さに感じる。
「ごぉー……ぐー」
人の気も知らないで、スーパースターは気持ちよさそうに寝てやがる。俺も寝たいところだが、またミコリーヌが来るかもしれないという不安が拭えきれない。
とは言っても、ボーっとしているだけってのは辛いものがあるよな。
何気なく俺はベッドに横になり、天井を見上げる。
すると、「あれ?」まぶたが急に重たくなり、とてつもない睡魔に襲われてしまう。
一瞬毒の影響かと思ったが、すぐに本当の原因が頭を過ぎった。それは、頭の下にある枕の事だ。
あれだけ警戒していたのに、しょうもない凡ミスをしてしまった。ただまあ、それを後悔する間もなく、俺は眠りについてしまうのだけど……。
「──金也、起きろよ! 夜だぞ」
「ん……?」
体を揺さぶられて目を覚ます。
現実のように視界がぼやける事はなく、目の前にいる花村の姿がハッキリと認識できた。
ゲームの世界にいるという記憶も自覚もあり、五体満足で目を覚ました事に胸を撫で下ろす。
「……無事だったみたいだな」
体を起こし、自然と背伸びをした。疲労感は完全に無くなっていて、体力は……無限のままのようだ。
結果オーライってやつだな。
「おい金也、お前のライフポイントが8になってるぞ!?」
「8じゃねえよ。∞だ無限」
頭上に浮かぶ俺のライフポイントの変化に驚くアホな花村に、どこから説明すべきなのか──何でもいいか。
「ちょっとしたゲームのバグってやつだよ。……そんなことより、早く行こうぜ」
余計な事で時間を無駄にしたくない俺は、テンポ良く進んで行こうという意志を示した。
「ああ、洞窟へか? そうだな。そのために休んでいたわけだし、そうしよう」
てなわけで、床に置いていた刀を拾い、俺はベッドから立ち上がる。
「ん、なんだその瓶は?」
床に転がるドクロマークの空瓶を見て花村が言う。
いちいち説明する気なんてさらさら無いので、「さあ? この部屋の花瓶とかじゃねえの」
「……花瓶か。俺はてっきり、寝ている間に毒でも盛られてたのかと思ったよ」
……。
「さ、レッツゴー!」
思わぬ時間を割いてしまった事もあり、自然と前へ進む足は速くなる。薄っぺらい宿屋の主人に別れを告げ、俺と花村は宿屋を出た。
「さぶっ。昼の温暖な気候とは全然違うな」
外に出ると、花村は真冬のような寒さに両手で両腕をさすった。
「そんな事より、空を見てみろよ」
俺が花村の視線を促した先には、一面に散らばった無数の星々が煌めく夜空だった。
「おわぁー……」
都会では決して拝むことの出来ない景色に正直感動している。たとえゲームの世界でも、この景色は俺の見た絶景ベスト1に決定だ。
「……はぁ。こんな星空を見てしまうと、盗賊退治に行く気なんて萎えてくるな」
「馬鹿言うなよ。気持ちは分かるけど──って、そういえばライフポイントはどうなったんだ?」
花村のライフポイントが1だった事をふと思い出したので訊いた。
「……変わってないみたいだな」
頭上に浮かぶ花村のライフポイントは1のままだ。残念な事ではあるが、その分俺が無限の生命力を手に入れたので大丈夫だろう。
「心配するなって、盗賊退治は俺に任せとけよ」
無限という余裕を手に入れている俺に、戦うことへの憂いなどまるでなかった。
「頼もしいな金也は。じゃあ俺は、洞窟に着いたら物陰でひっそりと応援をしておくことにするよ」
「確かにその方がいいかも。死んだらスタート地点に戻るかもしれないし、確実に二人がクリアする方法を考えたらそれがベストだな」
「なんだ、つっこまれると思ったのに……。これじゃあ年上としてのプライドが傷付いちまうよ」
「そんなプライドなんて捨てちまえよ。俺たちは平等なんだろ?」
「お前の場合は単に馬鹿にしているようにしか思えないんだが……?」
花村は疑うように目を細める。
「はは、冗談だって。ほら、早く行こう」
だだっ広い夜の草原を歩きながら、俺達は会話を続ける。