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「……嫌われるような覚えはないんだけど? 花村と勘違いしてんじゃねえの」
「花村結城も八島京香も嫌いですけど、貴方はもっと嫌いです! 一番嫌いです!」
段々と声のボリュームを上げると、語末と同時に空瓶を投げつけてきた。だが残念ながら、空瓶は俺の視線下に落ちて床に転がる。
「貴方達がいるせいで、巫女が私を構ってくれる時間が無くなったんです。それは万死に値します!」
指を差し、全力でミコリーヌは言った。
「ふふ」
俺は苦笑いだ。ようは嫉妬かよ。
ただ、怒りを持続して一方的な意見をぶつけられる俺は、内心馬鹿げた理由だと思いつつも、ミコリーヌの気持ちは少し理解できた。
「だけど私は貴方をゲーム内でしか殺せません。だから憎んでいる分、気が済むまで貴方をぶち殺します!」
こいつの全てを知った気になるほどおこがましくはないけど、似たような事を言っていた奴を俺は知っている。
いつも遊んでいた人間が急に別の遊び相手を見つけ、自分に全く構ってくれなくなった時の寂しさは、様々な負の感情が入り混じってしまう。
その結果──嫌がらせをしたり、わがままを言ったりして、自分の望まない方法で自分を注目させ、自分や相手を傷付けるんだ。
「……やべ」
余計な事を考えてる場合ではなかった。
ライフポイントは刻々と減っている。このままでは確実に俺は死ぬ。花村もきっとただでは済まないだろう。
普通に考えたら、死ねば最初からやり直し。さほど時間は経っていないが、面倒なことに変わりない。
しかし擬似的とは言え、死が迫るというのは心底怖ろしい。
「そろそろライフポイントがゼロになりますね。貴方が死ぬのを見届けてから、花村結城も同じようにデスってやりますのでご安心を」
さて、どうしよう……。
「あ、金也がいるんだよ!」
天使の呼び声。これは幻聴かと疑う余地もなく──、
「金也ー、鰻子だよー」
「……鰻子? どこだ?」
どこからともなく聞こえる鰻子の声に、俺は視線を動かす。
「ちょっと鰻子! お姉ちゃんの邪魔をしちゃ駄目!」
突然天井に向かって叫ぶミコリーヌ。おそらくだが、勝手に機械をいじっている鰻子に言ってるんだろう。
「あれ、お姉ちゃんなの? 鰻子はね、巫女が寝ちゃったから暇なんだよ。鰻子も一緒に遊ぶんだよ。そっちにどうやって行くんだよ?」
あいつ寝たのかよ。というか、鰻子には俺達の姿が見えているのか。
「だから駄目だって! ていうか勝手にキーボードいじらないでよ、お姉ちゃんからの命令! ちょっと聞いてる!?」
やっぱり鰻子がゲームの本体をいじくってるんだな。
「!」
おっとマズイ。飛び跳ねながら怒鳴るミコリーヌと鰻子のやりとりを眺めている俺の体力は、とうとう一桁になっているじゃないか――と、思った矢先のこと。
「え?」
俺のライフポイントが著しい変化をした。
LP ∞
MP ∞
無限。それは限りのないこと。
「鰻子おおおおおお! 何をしたのよおおおおおお!」
俺自身も一瞬戸惑ったが、それ以上に動揺したのはミコリーヌである。オーバーリアクションとも言える激しい動きをしながら、天に向かい鰻子を叱責していた。
「お姉ちゃん、何もいじってないんだよ。鰻子もそっちの世界に行きたいから、機械にガツガツと頭を突っ込んでいるところなんだよ」
「そ れ が 原 因 だ よ !!」
「んー。よく分からないんだよ。鰻子は機械が苦手なんだよ」
究極の矛盾発言だな。
「ああもう! せっかく上手くいってたのに……鰻子めぇ……」
歯を食いしばり、三歳児以下はその恐ろしさで号泣してしまいそうなしかめっ面を見せる。さすが鰻子は改良型、色んな意味でミコリーヌよりも性能が上のようだな。
しかし、ライフポイントが無限になったのはいいが、疲労感が全く抜けない。これじゃあちょっとした生き地獄だぜ。
「あ! 鰻子、こっちに来れる方法を教えてあげようか?」
ミコリーヌは急に表情を明るくして、妙な事を言い出した。怪しさ満点である。
だけど鰻子はアホだから「教えてほしいんだよ」と何の疑いも持たない。
「ちょっと待て鰻っ──んん!」
ミコリーヌの考えをある程度読めていた俺は鰻子に注意をしようとしたのだが、ミコリーヌに手で口を塞がれてしまう。
「少し黙ってて貰えますか?」
魔法少女という可愛らしい肩書きを捨ててほしいくらいに悪い顔をしている。
「んんー!」
力を入れようとしても入らず、ミコリーヌの力に抗えない。
これはマズい予感がする。多分鰻子に嘘を言って、俺達が不利になるようにデータを改ざんさせるつもりなんだろう。
「鰻子、今から私が言うように機械を操作すれば、ちゃんとこっちに来れるからね。分かった?」
ミコリーヌは優しい口調で伝えた。
……。
「ぐすぴー……ぐすぴー……」
可愛らしい寝息が、聞こえる。
「寝 た の か よ ! ?」
悪気の無い鰻子に翻弄されるミコリーヌは、俺の口から手を離して猿のようにキーキーと喚き続ける。
すると、数分と経たない内に、「ん、……あ、金也だ。鰻子だよ」
起きたようだが、話は振り出しに戻ったようだ。
鰻子はきっと俺達のことをモニターか何かで見ているのだろうけど、俺はモニターが無くとも、鰻子が今よだれを垂らしてボケた顔をしている姿がハッキリと想像できた。
「こら鰻子! 急に寝ないでよ! 早くお姉ちゃんの言う通りにキーボードを打ちなさい!」
苛立ちが収まらないミコリーヌは強い言葉で鰻子に当たる。
「あー、その声はお姉ちゃんなの? ちょっと待ってね。キーボードは鰻子のよだれでベトベトなんだよ」
やはり垂らしていたか。
「何をやってんの貴方は!? 機械に液体をこぼすなと前に言ったでしょ!」
「だから今から拭くんだよ。待ってるんだよ」
少しムッとしたような口調でそう言うと、しばらく沈黙が続いた。
……。
「……ちょっと待って鰻子……今すぐ拭くのを止めて!」
突然焦り始めるミコリーヌ。それは、自分の体に異変が起きたからだ。ミコリーヌの体が徐々に白く発光し、最終的には全身が光に覆われた。
そして、
「チックショウ! あの子は余計な事ばかり……また必ずぶっ殺しに来てやりますから、それまでゲームをクリアしては駄目ですよ、いいですね!」
捨て台詞を言い放った後、ミコリーヌの体は光と共に部屋から消え去ってしまった。
「……」
何が起きたのか分からず、今の光景にただ呆然として思考を停止させていると、ありがたい鰻子の独り言が聞こえてきた。
「画面に、『魔法少女クリスタルバー・サンを世界の裏側に転送しました』って出てるんだよ」
お前まじミラクル。