10
「こ、これは頑固な汚れを落とす強力な洗剤で、決して毒薬なんかじゃないんだからね!」
「なわけねーだろ……本当にしつこいなお前は、どんだけ俺達が好きなんだよ」
「はぁぁぁ!? 勘違いしないでよね、別に貴方達の事なんか好きじゃないんだから!」
瞬間沸騰で顔を真っ赤にして、ツンデレの模範解答をしてくれた。
「ったく、何で巫女はこんな訳の分からないキャラを作ったんだよ。人にテストプレイさせる気ならもっと考えて作ってほしいよな」
溜め息まじりにそう言うと、急に目の色を変えた魔法少女が俺に吠える。
「巫女を馬鹿にするな!!」
それは俺にとって意外な反応だった。まさかゲームのキャラクターから巫女の名前が出るとはな。
「あ、いや……あの……」
魔法少女本人も今の発言は不本意だったようで、視線を床に落として口詰まらせた。
「どうしてお前が巫女の事を知ってんだよ。崇拝するようにプログラムされてんのか?」
「巫女? ……何ですかそれは?」
黒ゴマみたいな小さな目であからさまにとぼけやがった。わざわざ隠そうとしているところが余計に怪しいな。
「ごまかせると思うなよ。早く白状しろって、その方が楽だぞ」
悪役みたいな台詞を吐いてみる。
「だから巫女なんて知らないって言ってるじゃないですか! ほんと聞いた通りの馬鹿さ加減ですね貴方は! 装備全部没収しますよ!」
……。
装備を没収?
噛み付くように、口調を変えて怒鳴る魔法少女。その姿に俺は少し呆気に取られたが、墓穴を掘った魔法少女をすぐに追い込む。
「おい、ツッコミたいところが色々あるけど、あえて一つだけに絞って訊いてやるよ」
もしも今考えている事が正解なら、俺の頭は非常に冴えている。
「お前もしかして、ミコリーヌじゃねえのか?」
「………………」
魔法少女の目が、また黒ゴマみたいになった。
このバカ正直な反応を見る限り、花村の言っていた事は正しいかもしれない。
ミコリーヌは、おそらく巫女ではない。いや、ほぼ確定だ。
もしも巫女本人なら自分を擁護するような言動はせず、抗うことの出来ないチート技で俺を攻撃をしてくるはず。
ということは、普通に考えるとミコリーヌは巫女が開発した人工知能ってところか──鰻子もそうだし、全然あり得る話だな。
「おい、黙ってないで正直に言えよ。別に隠す必要は無いだろ」
黙秘権を行使する魔法少女──ミコリーヌは、その場で正座をして俯いた姿勢を続ける。
「ふぅ……。大丈夫、巫女には何も言わないから」
何となく彼女の気持ちを察してそう言ってみる。
すると「実は……」とミコリーヌは重そうな口を開いた。
「巫女には貴方達のサポートをするように頼まれていたんですけど……どうしても、一緒にゲームをしたくて、勝手にプログラムを改ざんして魔法少女クリスタルバー・サンのこの体を借りたんです」
しおれた花のように語る内容は思いのほか可愛らしいものだった。
「てことはやっぱり、ミコリーヌなんだろ?」
「……そうです。私は鰻子の姉です」
「えっ!? どういうこと?」
これは予想外で驚いた。
「私は巫女が開発した初めての人工知能です。いわゆる鰻子は私の改良型になります。いつも妹がお世話になってます」
正座のまま、ミコリーヌは深々と礼をした。
「あのー。絶対に巫女には言わないでくださいね。システムを勝手にいじった事がバレると私の存在が消されかねないんです。お願いします」
頭を上げ、潤んだ上目で懇願してきた。
「まあそれは構わないけど、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「いえ、開始直後は巫女がゲームを監視してましたから。今はもう見てないみたいですけど」
「そっか……」
拳に力が入る。
人にテストプレイやらせといて、あいつはもう興味を無くしてんのかよ。
「ところでさ、お前の力でゲームを強制的に終わらせる事って出来ないのか? もしくは楽に終わらせる方法とか」
「それは無理ですね。この体を自由に動かせるようにした事ですら奇跡に近い所行だったので」
人工知能は万能という勝手なイメージがあったけど、実際はそうでもないようだ。
「……分かった。まあ、中に入れよ」
素直に話をしてくれたミコリーヌに警戒心が緩んでしまった俺は、無意識で部屋に招き入れるような発言をし、背を向ける。
しかし、甘かった。
「うわっ!?」
ベッドに座った瞬間、俺の全身に紫色の液体がかけられた。液体に粘り気はなく、水分は一気に蒸発して消える。
熱さや痛みは感じないが、とてつもない疲労感が襲ってきた。
「くっそ……」
変な感覚だ、意識はハッキリとしているのに、体の動作がスローになる。
前を見ると、ドクロマークのラベルが付いた空瓶を持つミコリーヌが不敵に微笑んでいた。
「ふふふ、油断しましたね。これは猛毒ですから、しばらくも経たない内にデスれますよ」
空瓶を見せながら言う。
ミコリーヌの言葉に、俺は自分のライフポイントを確かめる。すると、五秒くらいの感覚で『1』ずつライフが減っていた。
「……一体、何のつもりだ?」
「初めから言ってるじゃないですが、貴方達をぶち殺すのが私の目的なんですよ。ま、実際に死ぬわけじゃないですけどね。強いて言えば、単なる嫌がらせです」
「……これは、お前の独断か?」
「そうですね。こんな事が巫女にバレたら私がデスる可能性もありますが、それでも構いません。それほどに私は貴方が嫌いなんです」
ミコリーヌは言葉以上に、その目で全てを語っているように思えた。俺を睨みつけるその目には、怒りや憎しみという感情が込められているように見える。