9
……。
「どうした、金也?」
突然沈黙してボーっと一点を見つめていた俺に、横になったまま花村が手を振る。
「ああいや、今さらなんだけど、俺達って今日初めて会ったんだよな?」
「確かに今さらだな。ああ、俺達は今日初めて会ったぞ。それがどうかしたのか?」
「……なんかさ、今ふと冷静になると思うわけだよ。色んな事全て含めて、何をやってんだろうなってさ」
考える事が無駄だと分かっていても本能には抗えない。この状況も含めて、頭の中で整理するほどに非現実の文字が脳内で際立ってくる。
「はは、急にネガティブになるんだな」
お前にだけは言われたかねえよ。
「でも、痛いほど気持ちは分かるぞ。俺も巫女に会った当初はそんな感じだったしな」
花村は上半身を起こした。
「そういえば、花村と巫女っていつから知り合いなんだ?」
「えーっと……もう三年になるのかな。俺が働いてたイタリアンの店に客として来たのが巫女で、それが最初だな」
「へー。客と店員から友達になるとはね。もしかして、ナンパとかしたんじゃねえの?」
からかうように言ったが、よくよく考えてみれば俺も不純な動機からの出会いだった。
「してないしてない。それどころか、巫女の第一印象は最悪だったし」
手を眼前で横に振って笑う。
「へー。なんか少女漫画みたいな展開が待っていそうな感じだな」
「そうかどうかは分からないけど、金也が今監禁されているように、俺もひどい目に遭ったという事だけは間違いないよ」
監禁並みにひどい目に遭うとは一体何なんのか気になるところだが、花村の血の気が引いた顔色を見るに、それは思い出したくないような思い出なのだろう。
優しい俺は、ここはあえて訊くのをやめておく。
「まあだから、俺も少なからず金也の気持ちは分かるんだよ。憎たらしいけど、心底憎めないだろ、あいつってさ」
あいつとは、当然巫女のことだろう。
「……うーん」
曖昧な返事をする。
花村の言ってる事は分かるけど、認めたくないというのが本音だ。
「何度も言うようだけどさ、きっと巫女といることが金也の為になるだろうから、騙されたと思ってしばらくは一緒にいてやれよ」
面倒見の良い兄貴面で、ブレない視線を俺に送る。
「何だよ、急に改まって……」
「巫女といることは大変だけど、あいつといなきゃ出来ない体験や出会いがある。それを生かすも殺すも金也次第だけど、きっと全てが良い経験になると思うぞ」
そんな経験が今までにあったかどうかはさておき――、
「なあ、やっぱり俺が監禁された本当の理由ってあるんじゃないのか?」
花村の話を聞いていて、そう思う気持ちが強くなった。
「そればかりは正直分からない。けど、何か意味があることは間違いないと思う。あいつは気まぐれだけど、人を不幸にするような奴じゃない。それは俺が保証してやる」
ニカっと、自慢の白い歯を輝やかせた。
「今日会ったような奴に保証されてもな。実際巫女とも会ってまだ二日目で、信用するって方が難しいだろ」
「そりゃそうだな」
俺の気持ちを汲んだ花村は苦笑する。
「でも、いつもテレビで見ていたイケメン侍が言うんだったら、信用出来るかもしれないなー」
さり気なく振ってみた。
「イケメンである拙者の言葉を信じられないというのであれば、その不細工な顔面を斬り捨ててくれよう!」
サービス精神溢れる花村が見せてくれたのは、俺が見ていたドラマ『行けメン侍』で演じていた役の台詞である。
「ハハハ!」
ドラマを見ていない人にはただの暴言にしか聞こえなかっただろうけど、俺は大いに楽しかった。
「まったく、未来のハリウッドスターの生演技が見れるなんて贅沢だぞ」
「ああ、ありがとう」
感謝を込めて拍手を送る。
「ていうか、なんか話が逸れてしまったな。何だったけ、経験値を稼ぎにモンスターを倒しに行くんだったか?」
再び花村はベッドへ横になり、枕を引き寄せて頭を乗せる。
「誰もそうは言ってないだろ。それをどうするのかを決めよう──え?」
「ぐー」
格闘家に首を締め落とされたかのような早さで花村は眠りについた。
「いくら何でも寝るの早すぎだろ……マジで寝たのかよ?」
「ぐぉー」
半信半疑の俺の問いかけに花村はいびきで返事をする。
「……」
ふと思った。まさかとは思うが、枕に頭を乗せると強制的に爆睡するシステムなのか?
「……」
俺は自分の座るベッドの枕を眺めたが、頭を乗せる勇気は無かった。こんなに枕へ恐怖心を抱いたのは初めてだ。
参ったな。妙な疑いを持ち始めたせいで、休みを取る事が怖くなってきたぞ。
まあ、元は花村のライフポイントが回復するのかどうかを試す為の休憩だったし、別に俺は休まなくてもいいのだけど──夜まで、何をしよう。
何か時間を早送りにするようなシステムがあれば一番だが、これまでのプレイ経験上、そんな都合良いものはないだろうな。
「ふう………………ん?」
肩を落として息を吐いた時、俺の視界に違和感を覚える物が映った気がした。
もう一度視線を戻し、部屋の扉辺りに視線を落とす。すると扉下の隙間から、見覚えのあるピンク色の布が飛び出していた。
「……」
俺はそっと立ち上がり、極力足音を消して扉まで歩む。
そして、勢い良く扉を開けてみると、そこには聞き耳を立てていた魔法少女が座っていた。
「何やってんだコラ」
「こ、こんにちはー。私はこの宿屋の看板娘のサン! お客様が快く当店をご利用していただく為に、扉の汚れを綺麗にしていたんだぞ!」
ウインクをしてごまかそうとする魔法少女だったが、当然俺が信じるはずもない。
「黙れ。というかな、その右手に持っている怪しい瓶は何だ?」
魔法少女の右手には、ドクロマークのラベルが付いた瓶がある。どう考えても、睡眠中の俺達に毒を飲ませて殺す気だったに違いない。