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「なるほど、ならその洞窟に行ってみるか」と、軽く言う花村は楽観視している。
「おいおい、さすがに何の準備もしないまま行くのはマズいだろ」
「そういうもんか。でも俺は素手でもイケるぞ」
腕の筋肉を盛り上げて見せびらかす。俺は呆れたような顔を見せた。
「花村は大丈夫でも俺が駄目なんだよ。せめて剣くらいは欲しいんだけどな。なあ、武器屋ってどこにあんの?」
宿屋の主人に訊いた。
「アリマセン。タダ、ソコノ壁ニ掛ケラレタ剣デ良ケレバ差シ上ゲマスヨ」
主人の言葉を聞き、カウンター横壁にオブジェのように飾られた日本刀を手に取った。
刃渡りは七十センチくらいで、重量は二リットルのペットボトルに水を満杯にした程度だ。
きっと簡単に振り回せるくらいに重さを軽減しているんだろう。
「うぉぉ! カッコいい!」
初めて生で見る日本刀をかざして眺めた。
男心をくすぐられる素晴らしいフォルム。日本刀は日本男児の魂じゃい。
「いいなぁ──あのーご主人、俺にも何かくれませんか?」
俺の日本刀を見て欲が出た花村だったが、宿屋の主人は「……」返事が無い、ただの屍のようだ。
「ちょっと、どうして俺とは会話してくれないんだよ?」
「知らねえよ。お前が素手で良いって言ってたからじゃねえの。ところでさ、盗賊の弱点とかって知らない?」
カウンターに寄りかかり、聞ける情報は何でも聞いておこうというスタンスで主人に質問する。
「アリマス。盗賊ハ夜ニ必ズ宴ヲ開キ、酒ニ酔ッテ爆睡シマス……」
つまり、夜になるまで待って、盗賊達が酒に酔いつぶれたところを奇襲すればいいって事だな。なかなか卑怯だが、よくある作戦だ。
「あとさ、戦闘とかってどうすんの? 自分のステータスとかは見れないのか?」
「戦闘ニツイテハ知リマセン。ステータスハ、頭ニ思イ浮カベルト表示サレマス」
「思い浮かべる……」
ステータスが見たい、とか?
「金也、上に何か出たぞ!」と花村が俺の頭上を指差した。
LP 50
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と、俺の頭上に表示された英字と数字。
こりゃあ想像を遥かに下回る弱小ステータスだな──というか、ライフポイントとマジックポイントしか見れないんだ。
「花村、お前もステータスが見たいって頭で考えてみてくれよ」
「ん? す、ステータスだな。待てよ……」
花村は戸惑いながら仰視する。
LP 1
MP 1
花村の頭上に表れた数字は悲惨なものだった。棚に小指ぶつけたら死ねる可能性もある。
「なあ……この数字ってかなりヤバいんじゃないのか?」
さすがの花村も事態の重さに気付いたか。ただ、これが花村にとって本当に瀕死状態なのかどうかが問題だな。
数字を見た限り、よほどの防御力が無ければ瀕死状態に変わりはないが、ライフポイントに回復する余地があるのか──その不確かな部分が唯一の希望だ。
普通のテレビゲームなら周辺の雑魚を倒してレベル上げに勤しみたいところだけど、また魔法少女みたいな奴に遭遇するのは億劫だし、それに盗賊の件もある──ここでゆっくりと休みながら今後の事を考えるのが無難かな。
「大丈夫とは簡単に言えないけど、休んだから回復するかもしれないし、夜までここで休んでみようぜ」
色々と考えた末に花村に提案する。
「休むって、お金とかいるんじゃないのか?」
「それもそうだな……」と、ペラペラ主人の方に頭を向ける。
「ノープロブレム。ウチノベッドハ無料デ御利用デキマス」
「だ、そうだ」
花村に頭を向ける。
「ならそうしよう。疲れはないけど、なぜだか休みたい気持ちはあるしな」
それはきっと精神的な疲労だろう。非常に俺も共感できる。
「じゃあ俺達夜まで休むから、部屋を貸してくれよ」と、ペラペラ主人に頼んだ。
「ワカリマシタ。ドウゾオ好キナ部屋ヲ御利用下サイ」
土足のままで奥に進み、適当に扉を開けて部屋の中に入る。
部屋の中は八畳ほどの広さで、ベッドが二台置かれてあった。分かりきっていたことだが、やっぱ狭い。
「ふう……でもあれだな。夜まで休むたって、そうすぐに眠れないよな」
ベッドに腰を下ろして花村が言う。
「ああ、だから少し話でもしようぜ。まったく、クリアにあまり時間はかからないと言ってたのに……まんまと騙された気分だ」
ぼやきながら俺も反対側のベッドに腰を下ろし、貰った刀を床に置いた。
「そういえば、あれからミコリーヌは接触してこないな」
「どうせ飽きて寝てるんだろ。あいつよく寝るし」
「ああそういう意味か。お前まだミコリーヌの事を巫女だと思ってるのか?」
「ん、どう考えたって巫女だろ」
「そうか? 何となく俺は違うと思うんだけどな」
「……ま、んな事はどっちだっていいんだよ。とりあえずこれからどうするかを話し合おう」
手を組んだ腕をももに置いて前屈みになり、神妙な面持ちで切り出した。
「どうするって、夜まで休んで、その後北の洞窟に行くんだろ?」
「それはそうだけど、その前にやるべき事はないかを話し合おうって言ってるんだよ俺は」
「たとえば?」
「戦闘に慣れるために雑魚モンスターと戦うとか、装備を探す努力をしてみるとか、洞窟に下見に行くとか──」
「なるほどな。ま、俺は金也の指示に従うよ。話し合えるほどのゲーム知識が俺には無いからな」
花村は両手を枕代わりにして、ベッドへ仰向けになる。
「んだよ。人任せな奴だな。このゲームに関しては俺も初心者なんだぜ」
「まあそう言うなって。いくら素晴らしい才能に溢れる俺でも、経験者には勝てないんだからさ」
「何だその格言みてえな言い訳は」
「巫女からの受け売りだよ。天才は凡人に勝るけど、無知であればその才能も生かせれないってこと。しばらくはゲーム経験のある金也の意見に従った方がいい」
「物は言い様だな」
無知でも何でも、意見を出すことに意味があるんだよ。無意識だろうけど、結果的に全ての責任を俺に押し付けてるんだぞ。