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「ちょっと貴方達! キュートな私が最高の演出で登場したというのに、何よその人を蔑視するような不愉快な目つきは!?」
魔法のステッキを指し棒のように使って怒っている。プンプンしている。
……確かに蔑視するようなというか、実際に蔑視しているんですけど。
未だかつてない複雑な心境で、俺は目の前の魔法少女を蔑視しているんですけども。
ひとまず、俺達には状況を理解する時間が必要だ。なぜババアから魔法少女に変身したのか、それを考えてみよう。
うん、さっぱりだ。
思考時間は刹那。それ以上は必要無し。理解不能。意味不明。チンプンカンプン。フリーメーソン状態。もはや都市伝説。
「金也。俺は萌っ子みたいなものには疎いんだけど、こんな時はどういう反応をするのが正しいんだ?」
「正解なんてないだろ。強いて言うなら今の反応が一般的には正解だよ」
そういえば花村は引きこもりだとか言ってたのに、萌っ子が苦手なんだな……って、それは偏見か。どんな先入観だ。
「もう! いつまで人を蔑んだ目で見てるのよ! もっと完全体の私におののきなさいよね! 跪きなさい! 足を舐めなさい! 命を乞いなさい!」
涙目になりながら必死に俺達よりも優位になろうとする魔法少女クリスタルバー・サン。
普通の格好をしている村人Aなら頭を撫でてやれたが、元があのババアだけに気が進まない。
ん?
クリスタルバー・サン……クリスタル婆さん。
もしや巫女が言ってたのはこっちのことか!?
「もう限界! 怒りゲージはマックス! サンは無慈悲に貴方達をぶち殺してやるんだぞ!」
頬を膨らませ、何やらクルクルと新体操のバトンのようにステッキを両手で回し始めた。
「アブラカタブライブラヒモビッチアザールコザールチェルシーイキーノドドンパメガンテマダンテキカンテ!」
理解不能な呪文を詠唱をすると、回るステッキから空間に浮き出てきた魔法陣が青く輝いた。
ズズ……ゴゴゴゴッ!
「あわわわっ!」
大地が激しく振動する。これは自然現象ではなく、十中八九魔法少女の仕業だろう。足元がふらつき、まとも立ってなんかいられない。
「なっ!?」
超スペクタクル。今俺が目の当たりにしている光景を表す言葉に最も相応しい。全身の血の気が引き、ふらついていた足が竦んできた。花村も例外ではない。
「ゥゥォオオ!!」
文字通り、地鳴り声で雄叫びをあげるその巨大な物体は、決して現実ではお目にかかれない非現実の塊である。
巫女の威圧感なんて比じゃない。太陽光を遮るほどの圧倒的な存在が視界を埋め尽くした。
「彼女の名はガイア。大地の神様なんだからね!」
女なのか、アレは。俺には富士山がトランスフォームした岩の大巨人にしか見えないんだが……。
確かにRPGではたまに見る巨大モンスターだけど、スタートして間もない初期装備の俺達が対峙するような相手ではない。
「さあガイア、悪者に怒れる大地の鉄槌をお見舞いしなさい!」
飛び跳ねながら巨人に指示を出す魔法少女クリスタルバー・サン。絶体絶命のピンチだ。ビビって足が動かない。
花村も同じだ。顔の筋力が全て弛んだ情けない表情をしている。
「ふふふ! ガイアにぺちゃんこにされてしまいなさい! ガイアに………………ガイア?」
一人だけテンションが上がっている魔法少女だが、召喚した巨人は一向に攻撃をするようなモーションに移らない。
「ちょっとぉ! どうして攻撃しないのよ!」
微動だにしない巨人へ攻撃を促そうとする魔法少女だったが、思いがけない返答をされる事になる。
「あのォォ!」
重低音の巨人の声が空から降り注ぐ。
「大変申し訳ないんですけどォォ! 私まだ攻撃のモーションが用意されてないんですよォォ!」
巨人は嘆いた。
「そんなぁ!? 私MPを全部使い切ってまでガイアを召喚したのよ! どうにか頑張って動いてよ!」
「それは無理ですゥゥ! 攻撃モーションないんでェェ! 帰っていいですかァァ?」
「ふざけるなぁ!!」
これは運が良かったのか、こういうイベントだっただろうのか?
いずれにせよ、俺達にとっては朗報だ。しかも魔法少女はマジックポイントを使い切ったようだし、今のうちに逃げておこうか……。
「ちっくしょう! もういいわ。こうなったら私だけで貴方達を地獄に落としてあげる――って待ちなさぁぁぁい!!」
魔法少女が巨人に怒号を飛ばしている間にこっそり花村と逃げようとしていたのだが、面倒なことに一瞬で見付かってしまった。
「何だよ。もうお前に戦う力が無いことくらい分かってんだぞ。それともその棒だけでやろうってのか?」
振り向き様にそう言った。
出来ることならば戦いは避けたい。婆さんと同じように、攻撃する度にこっちが精神的なダメージを受けるような容姿をしてるからな。
「たた、た、戦う力ならあるわ! 一体何を根拠に言ってるのよ! ば、馬鹿じゃないの!」
魔法少女は動揺をごまかすようにステッキを上下に振って、正直に額から汗を噴出させていた。
つまり、図星のようだ。