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「おい花村、なんかババアが増えてんぞ!」
「ホントだ!? 三人になってる」
「三人だと!?」
花村の言葉を聞いて再び後ろを振り向くと、クリスタル婆さんが三人並んで追いかけて来てるじゃないか。
何だよあのババア。初期モンスターにしては見た目も行動もインパクトがありすぎるだろ。
大体、普通初遭遇するモンスターはスライムとかだろ!
何で分身ババアなんだよ!
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」
やばい、そろそろ限界かも。一気に体が重くなってきた。
「どうした金也、頑張れよ!」
花村は今にも倒れそうな走りをしている俺に声をかける。
「分かってる……んだけど……」
ゲームの世界の欠点は、努力や根性で自分をコントロール出来ないことらしい。駄目なものは駄目っぽい。
「ギブアップ」
俺の足は強制的に止まってしまい、膝に手をついて呼吸を整えるようなモーションになった。
追いかけて来ていたクリスタル婆さん一行も足を止め、ターゲットを花村から俺に移したようだ。
「ふぁっふぁっふぁっ。餓鬼め、ようやく体力が尽きたか」
「先にこやつを八つ裂きにしてやるわい」
こりゃあマズい、全然動くことが出来ない。しかも気付けばババアが六人に倍増してるじゃないか。
これぞピンチってやつだな。
「えっ!」
この世界で死んだらどうなってしまうのか、そんな事を考え始めた俺の視界にスーパースターが飛び込んできた。
「びゃはぁあ!」
そしてなんと、花村は俺を助ける為にクリスタル婆さんの一人に飛び蹴りをしたのだ。
ボフンッ!
花村に跳び蹴りをされたクリスタル婆さんは地面に倒れたと同時に煙となって消えてしまう。
この現象はつまり、倒したことになるのか?
「どうしよう金也、ついお婆さんに暴力を振ってしまった!」
なんてこった。花村が動揺してる。
俺を助ける為に取った行動なんだから仕方ないが──今の出来事を言葉で表した場合、花村が婆さんを蹴り殺した、あるいは花村が婆さんを虐待したという表現ができる。
罪悪感が生まれるのは無理もない。
「うぉぉ、愛美Bを殺しよったな糞ガキめがぁぁ……」
「妹よぉぉぉ……わしより先に逝ってもうたぁあ」
「オマイガー……マイシスター愛美サーンー……」
煙となって消えた仲間の死を悲しむクリスタル婆さんたち。花村の罪悪感を不必要に煽るような光景だ。
「俺は老婆を滅したんだ。老婆殺しのスーパースター……いや、もはやただの犯罪者さ。ハンサム犯罪者……」
花村は相当精神的に堪えたようで、膝を崩して自虐を始めた。これはどうやらまた悪い症状が出てしまったな。
「花村、ここはゲームの世界なんだ! 気持ちは分かるけど、いちいち落ち込んでたらキリがねえぞ!」
徐々にスタミナが回復してきて声が出るようになったので、花村に活を入れようと声を張った。
「そ、そうか。そうだったな。すっかりゲームだという事を忘れていた」
「しっかりしてくれよスーパースター。残りのババアがやる気満々で俺達を睨んでるんだからな」
正面に立ち並ぶクリスタル婆さん達はジリジリと距離を詰め寄ってくる。今にも俺達に飛びかかって来そうだ。
でも、もう逃げねえぞ。
花村の跳び蹴り一発で倒せる程度の相手と分かったし、きっと俺でも倒せるだろ。
「キシャマら、愛美Bをよくも殺してくれたな。絶対に許しはせんぞ!」
そう怒りを露わにするクリスタル愛美A、もしくはC、D、E、F、Gのどれか──って、よく見たらまた六人に戻ってんじゃん!?
「……おいおい」
マズい。
六人どころじゃない。七人……八人……九人……。
「金也、なんかどんどん増えてるぞ」
「分かってるって」
新たなクリスタル婆さんが次々と地面から湧き出ている。アメーバみたいに分裂していたわけではなかったのか――どのみちキリがなさそうだ。
せっかく戦う覚悟を決めていたというのに、ここはやっぱり逃げた方が賢明かな。
「……お?」
待てよ。もう少し様子を見る必要がありそうだ。
クリスタル婆さんが二十人ほどになった途端、突然一人のババアを中心にして他のババアが集まり始めた。
これはまさか……キングなスライム的な……あのパターンでは?
「ふぁっふぁっふぁっ、刮目せよ糞ガキ共。今からわしらの完全体を見せてやりゅわい!」
「完全体!? クソババアになんのか!?」
「違うわい!!」
しかしこんな序盤で、ラスボス風の演出をしちゃうだな。さすがは巫女。いや、さすがテストプレイと言ったところだな。展開がデタラメ過ぎる。
「ふぁっふぁっふぁっ……」
不気味な笑い声を響かせて、クリスタル婆さんが一人一人と吸収されて一つになっていく。次第に中心となっているババアの体は暗紫色の光に覆われ、辺り一帯は生ぬるい風に包まれた。
まさにラスボス風の展開。まさかこのババアを倒したらゲームクリアってオチはないだろうな。
まだチュートリアルも済ませてないんだぞ。
「ふふふ……」
しまった。
俺達の好奇心が危機感に勝っていた間に、クリスタル婆さんは完全体になってしまったようだ。
暗紫色の光が薄れ、その変貌したおぞましい姿がハッキリと見える。
ふりふりの可愛いピンク色のスカート、胸元には大きな赤色のリボン、白いニーハイソックスを履いていて、髪型は桃色のツインテール、大きな瞳はグリーンで、肌はピチピチの十代前半、まな板の幼児体型、仕舞いには三日月の装飾が施された魔法のステッキ的な杖を持っている。
「キッラーン! 私は魔法少女〈クリスタルバー・サン〉だぞ! 貴方達のような悪者は、私の魔法でさくっとバキッと殺しちゃうんだからね、覚悟しなさいよ!」
「……」
「……」
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