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「はっはっは! 甘いな金也、俺は芸能界一速い男だと言っただろ!」
俺の走るスピードに合わせながら笑う花村はまだまだ余裕がありそうだ。芸能界一速いと言うのは嘘じゃないかもしれない。
「ぺっぺっぺ!」
「わっ! きたね、唾吐くなよ!」
なんか爽やかに走る姿が癪に障ったので、俺は下劣な行動と自覚しつつ、スーパースターの顔目掛けて唾を吐く。
「なはは! ざまあみやがっ──ぶへっ!?」
俺の唾液マシンガンでスピードダウンした花村に罵声を飛ばそうしたその時、突如何かに足が引っかかってしまい、地面に激しく顔面を叩き付けてしまう。
「てて」
きっと現実なら鼻血を出して悶絶していただろう衝撃だったはずだが、実際は軽く顔をはたかれたような痛みしか感じなかった。
「おいおい、大丈夫か?」
転けた俺を心配する花村は、走るのをやめて近寄ってくる。きっと逆の立場なら俺は迷わず花村を突き放していたことだろう。
ちょっと反省。
「ああ、大丈……」
体を起こそうとした時、足首に違和感があったので見てみる。
「うわぁっ!」
なんと、地面から伸び出た人の手が俺の右足首を掴んでいるではありませんか。
「なんじゃコリャアア!!」
瞬時にゾンビという単語が頭によぎった俺は、足首から謎の手を離そうと上下左右に足を振ってみる。
だけど、「離れねええ!!」
「ま、待ってろ金也。今俺が外してやるからな!」
突如起きたホラー現象にパニクる俺を見かねた花村は、地面から出ている謎の手を思いっきり足のつま先で蹴った。
すると謎の手は地面の中に引っ込み、見事俺の右足は解放される。
「おお! 取れた……!?」
だが、俺に安堵感を得る間はなかった。
なぜならば、謎の手が引っ込んだ場所の地面が大きく盛り上がり、そこから奇妙な生命体が姿を現したのだ。
「誰じゃ! わしの手を蹴った奴は!」
「……」
「……」
驚きを通り越して、俺と花村は口を開けて呆然としてしまう。
地面から飛び出たのは、どっからどう見ても土まみれの黒いローブを着た老婆だった。
身長は一四〇センチくらいの小柄で、ロングヘアーの白髪頭。第一印象は魔女っぽいが、ただの狂った村人の婆さんという可能性も否めない。
どうして地面の中から出てきたのか、その謎を解ける自信は俺にない。
「キシャマかぁ!?」
地面に座る俺を指して怒鳴る婆さん。舌っ足らずなのか、貴様がキシャマになっている。
「違う違う!」
俺は反射的に否定した。
「じゃあキシャマかぁ!?」
必然的に今度は花村を指して怒鳴る。
「は、はい……すいません、てっきりモンスターかと」
否定しておけば良かったものを、花村はバカ正直に話をした。
だがさすがにこの婆さんはモンスターではないと思う。モンスターみたいな不気味さはあるが、多分イベント用のキャラクターとかだろう。
「キシャマ! いくらわしが『モンスター』と言えど、いきなり手の甲を蹴るのは外道極まりない。キシャマみたいなゆとり世代は、このわしが叩き直してくれりゅわ!」
モンスターなんかい。
「おい金也、このお婆さんがモンスターらしいぞ」
「聞いてるよ」
苦笑いの花村に苦笑いを返した。
まさかこんな敵キャラが用意されているとは予想外だ。どう戦えばいいのか全く分からないが、分かったとしてもなかなか戦うのは難しい。
たとえゲームだとしても、老人を攻撃するのはさすがに心が痛む。巫女の悪趣味には怒りを覚えるな。
「しゃあ! どこかりゃでもかかってきなさい!」
俺達を置いてきぼりにして戦闘態勢に入ってる婆さん。対峙する花村は俺を一瞥しながら身構えている。
「ん?」
そういえば、ゲームの世界に来る前に巫女が何か言ってたよな……。
「婆さん、あんたの名前は?」
もしかしてと思い、俺は婆さんに向かって訊いてみた。
「クリスタル愛美じゃ!」
クリスタル婆さんてこいつか!?
てっきり巫女は物語のキーキャラにでもなる人物の事を言ってたのかと思ったが、まさかクリスタル婆さんがただのモンスターAだとは思わなんだ。
ていうか何その名前?
愛美感ゼロじゃん!
フネさんとか、よし子さんだろ!
「うお、ちょ! 金也、どうすればいいんだよ!」
おっと、花村が襲われてる。
しかしどうすればいいのかと俺に訊かれてもな……。
コマンドウィンドウみたいなものが見えてりゃ色々と選択肢は増えそうだけど、現状素手でぶん殴るしか手段はないのでどうしようもない。
婆さんを殴るわけにはいかないので、「花村、逃げよう!」と、俺はそう決断して立ち上がる。
「分かった!」
花村はクリスタル婆さんのひっかき攻撃を上手く避け、俺と一緒にこの場からの逃走を始める。
婆さんを殴り飛ばす以外に倒す方法が思い付かない以上、ここは素直に逃げた方がいい。
村に行けば色々とチュートリアルを受けられるかもしれないし、今は逃げることが最善の策だろ。
「甘いわガキ共ぉぉお!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「ババア速ええ!?」
全速力で走る俺達の真後ろにピタリとつけて追いかけてくるクリスタル婆さん──確かにこいつはただのババアじゃねえ、モンスターだ。
「ハァ……ハァ……」
あれ、おかしい。体力は無くならないと思っていたのに段々と息が上がってきやがった。
もしかすると、走ると消費していく隠れスタミナゲージみたいなものがあるのかもしれない。
横にいる花村はまだ息は上がってなさそうだから、スタミナには個人差があるのかな?
「待てぇぇい!」
「糞ガキめがぁぁ!」
「?」
重なるようなクリスタル婆さんの声に振り向くと、分身したようにもう一人婆さんが増えていた。