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「……何にしても、ここから移動しないことには始まらないか。とりあえずあの木に向かってみようぜ」
「だな。正直最初は楽しみだったけど、さっさと終わらせて戻った方が良さそうだ」
という事で、俺達はまず枯れ木に向かい歩き始める。
「しかし、違和感が無いことに違和感を覚えるよな。この草とかも本物にしか思えねえよ」
周辺に生えた草を適当に手で引き千切り、香りを嗅ぐと見事に草の匂いがする。
「確かに。体ごとどこかに飛ばされたと言われた方が納得いくよな。ここがゲームの世界だなんて未だに信じられないよ」
感じることは俺と一緒か。でも本当にそれくらいリアルだ。本物の体が巫女の部屋で眠っているなんて信じられないもんな。
「ところで金也、お前って意外と体を鍛えてるんだな」
「え? そりゃあこっちのセ……」
今の花村の言葉で、俺は自分の体に起きた変化にようやく気付く事が出来た。
「言われてみれば、俺こんなに筋肉モリモリじゃねえな」
服を捲って腹を見てみると、見事に俺の腹筋はシックスパックに割れていた。しかも腹筋だけではなく、全身が現実よりも筋肉質になっているではないか。
さっきは初仮想空間による情報過多で全然気が付かなかった。
「すげえ! 見ろよ花村、腹筋がバッキバキだぜ。きっとゲームの世界に合った体を用意されてるんだろうな」
ガッチリとした腹を叩いて、花村に見せびらかした。
「はは。なんだ、その体は作り物ってわけか。言っておくけど、俺は元々バッキバキだからな」
負けじと花村もシックスパックの腹を俺に見せる。それは殴ったらこちらの拳が痛くなりそうな、ゴツゴツとした岩のような腹筋だった。
「ホントかよ? いくら何でも、そんな格闘家並みの体はしてないだろ」
「それがしてるんだな。こう見えて空手二段なんだぞ。それに次の仕事がボクサーの役だから、嫌でも鍛えなくちゃいけないわけさ」
なるほどね。そりゃ花村の力が強いわけだ。
「じゃあモンスターが出てきても大丈夫だな。俺は草陰で応援してるから、いざという時は頼んだぜ」
きっとこのゲームは俺達自身がアクティブに行動してモンスターと戦うに違いないから、格闘技経験のある花村という存在はありがたい。
剣でもあれば俺もそこそこやれる自信はあるのだが、素手の間は大人しく花村に任せよう。
「俺任せかよ。ゲームが得意って言ってたじゃないか」
「冗談だよ。俺もやれる事はちゃんとやるっての。未知なゲームの世界だ、協力し合わないとクリア出来る気がしねえよ」
「ほー、金也にしてはまともな考えじゃないか。前向きな奴は好きだぞ」
「そうかよ。なら俺をしっかりと見習ってくれよな」
枯れ木に近づくにつれて段々と傾斜地になり、自然と足取りは重くなっていく。
だけどゲームの仕様上、プレイヤーの疲れは全然溜まらないようになっているっぽいので、俺達は難なく枯れ木へと辿り着いた。
「村って、あれか」
「良かった。そこまで遠くはないな」
枯れ木の横から草原を見渡すと、二~三キロ先に村のようなものが確認できた。障害になりそうなものも特に見当たらず、難なく辿り着くことは出来そうだ。
「なあ花村、あの村まで競争しようぜ。どうせ体力は無限ぽいし、走った方が早く着くしな」
「それもそうだな。でも、芸能界一足の速い俺に挑戦するのは無謀だぞ」
腕の関節を伸ばしながら、花村は自信満々の表情で薄く笑みを浮かべた。
「凄い自信だな。じゃあ何か賭けようぜ。たとえば美ヶ原貴恵ちゃんのサインを俺にくれるとか」
ちゃっかり好きな女優のサインを求めてみた。去年からテレビでよく見るようになった、俺と同年代の若手女優である。
「はは、いいぞ別に。貴恵は性格が良いから、頼んだら快くサインをくれると思うぞ」
「うわ、なんだそのさり気なく仲の良さをアピールするような発言は……まさか貴恵ちゃんと付き合ってないだろうな?」
花村を訝りつつ、そうでない事を心の中で願った。
「それはないよ。俺にとっては妹みたいな存在だし」
「妹だぁ?」
くっそ! くっそ!
美ヶ原貴恵が妹のような存在だと……羨ましすぎる。
俺みたいな一般凡人が脳内で妄想デートを繰り広げていた間、スーパースターは現実で兄妹プレイかよ。
「んじゃあさ、俺が負けたら貴恵のサインをあげるとして、俺が勝ったら金也は何をしてくれるんだ?」
「え、そうだな、じゃあ正式にお前の友達にでも親友にでもなってやるよ」
絶対に俺が勝ってやる。人生では完全に花村が勝ち組だが、この勝負だけは何が何でも勝ってやる。
「えらく上から目線だな。タメ口で話すのは構わないけど、それなりに年上は敬えよ」
「うるせえ。なら俺との勝負に勝ってみろよ!」
と、俺はフライングスタートをして走り出した。
「あ!? 卑怯だぞお前!」
最初は遊び半分のつもりで勝負をふっかけたけど、今は絶対にこいつには負けたくはない衝動に駆られている。
この勝負に勝ったところで、別に美ヶ原貴恵と付き合えるわけでもないのに──しょうもない男の嫉妬から生まれた闘争心に火が点いてしまった以上、意地でも負けたくないのだ。
「──って、はえええ!?」
なんてこった。
確認の為に後ろを振り向くと、今にも俺を抜きそうな勢いで走ってくる花村の姿が見えた。
というか、もう真横につかれた。




