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暗闇の中心に一点の光が見えたと思った瞬間、一気に視界が真っ白になった。
「んっ!?」
目覚めるという感覚ではなく、気付いた時には広大な草原の中で佇んでいる自分を認識した。
記憶に途切れはなく、なぜ俺がここにいるのかという事ははっきりと理解している。
だが、何というか……風に乗る緑の香り、大地を踏みしめる足裏の感触、鼻腔を通る澄んだ空気、眩しいくらいの太陽が燦々と照る晴天の空。
五感から感じる全てがリアルで、とてもここが仮想空間内だとは思えない。まだ異世界に転生したと言われた方がしっくりとくる。
現状を理解はしていても、なかなか現実を受け入れることが出来ない。それほどにこの世界はリアルだった。
まさに、夢のような世界。
「金也、大丈夫か?」
「?」
花村の声が聞こえたので、すぐに俺は辺りを見回した。
「ちょっ!?」
すぐに俺の後ろ三メートルほど離れた場所に立っている花村を発見したのだが、全裸のスーパースターの姿に俺は愕然とする。
だが一方で、花村も同様に俺を見て驚愕したような表情を見せた。
「うわ!? 俺も全裸じゃん!」
花村の反応の後、俺自身も全裸であることに気が付いた。どうやら俺達の初期装備は布の服すら無いらしい。
ただ全裸とは言っても大事な部分はツルツルしてて何もない。ゲームなのでそこは別にリアルである必要はないということなのだろうが、付いているものが付いていないのはもの凄く違和感ある。
「おい、どうして俺達全裸なんだよ? ヌードは芸能人にとって最後の武器なんだぞ」
「俺が知るかよ!(両方の意味で)」
全裸の成人男性が草原の真ん中で叫び合う。客観的に見れば非常に気持ちの悪い絵面だ。
「もしもーしガチホモ共、私の声が聞こえますか?」
「!?」「!?」
突然俺達の頭上から、拡声器を使ったような巫女の声が響いた。自ずと俺と花村は天を仰ぐ。
「巫女か?」
真っ先に花村が空に向かって尋ねた。
「いいえ、私はこの世界の管理人〈ミコリーヌ〉ですよ」
「は?」
何その無駄なキャラ設定。
「おい巫女、何で裸なんだよ!? 着る物とかどうにかしてくれよ!」
巫女の悪ふざけに乗る気の無い俺は、ひとまずは着る物を要求する。いくら現実ではないにせよ、この状態で居続けるというのは精神的に辛いものがある。
とにかく服を着てからじゃないと、何かをしようとする気にならない。
「貴方って本当に馬鹿ですね。私はミコリーヌだと言っているでしょう。次に間違えたら尻の穴に雑草詰め込みますよ」
「その鬼畜な発想! やっぱり巫女じゃねえか!?」
「冗談ですよ──はいはい、分かりましたよ。じゃあ今から服を用意してやりますから、ミコリーヌ様万歳と心の中で千回唱えて下さいね」
頭上一メートルほどの場所に光の渦のようなものが現れ、そこから二人分の服一式(布の服、布のズボン、皮の靴)がそれぞれの目の前に落下する。
「……もっと良いのは無いのかよ?」
布の服を拾ってみると、見るからに安そうな生地で作られたもので、まさにこれぞ初期装備! という薄汚れた布で出来た服だった。
「金也、着れる物があるだけマシだと思おう。あまり文句を言っていると本当に裸で旅をする羽目になるぞ」
花村はいつの間にかボロい服一式を着ていた。やはり巫女との付き合いがあるだけあって順応性が高いな。
「仕方ないか……」
渋々俺もボロい布の服を着る。ゲーム的に言うと装備をした事になるのかな。着心地は見た目通りに良くはないが、妙な羞恥心はこれで無くなったので良しとしておこう。
「で、ミコリーヌさん。これから俺達はどうすればいいんだよ?」
花村は空に向かって声をかける。
「そうですね。このゲームはあくまでも開発中であり、長期的なシナリオは用意してないのです。貴方達二人にはモンスターと戦ったり、村に行ったり、簡単なミッションをクリアしてもらいたいと思います。そんなに時間はかかりませんよ」
ミコリーヌと名乗る巫女の音声を聞きながら、俺は両手を腰に置いて花村の方を見た。
「ようはテストプレイをしろってことか。ていうか、巫女ってずっとこのキャラでいく気なのかな?」
「さあな。でも、どっちでもいいだろ」
そりゃそうか。どっちも俺達にとってはプラスになるようなキャラクターじゃないしな。
「さて。お二人はとりあえず南西にある『はじまりの村』に向かって下さい。遠くに枯れ木が見えますよね? その先を真っ直ぐ歩いていけば着きます」
そう言われて周囲を見渡し、緑野の中にポツリと孤立している枯れ木を一本発見した。
「それで、村に行って何をすればいいんだ?」
花村が冷静に質問をする。
「それは行ったら分かります。その他諸々の説明も村人に聞けば教えてくれますからね。安心してください。では、私はこれからティータイムなので失礼します」
「ええっ!?」
「え?」
説明不足も甚だしい状態でミコリーヌの音声がプツリと途切れた。
「おい! もっと言うべき事がたくさんあるだろう!」
「巫女! ミコリーヌ様!」
二人でしばらく呼びかけてみたものの、不誠実な管理人はうんともすんとも言ってくれない。
「あーくそっ、なんて奴だ。俺がゲーム苦手なの知ってるくせにさ」
さすがの花村もお怒りだ。
「まあそこは心配すんなって。俺はゲームが得意だからよ」
俺にクリア出来なかったゲームなど一作品もない。VRだろうが何だろうが、RPGなら得意分野だし、きっと余裕だろ。