14
バタン!
「ふう……」
俺はトイレに入るやいなや用を足し、何とか最悪の事態を免れる。
「間に合ったか?」
扉の裏から花村が訊いてきた。
「ああ、どうにか」
ジャー。水を流し、トイレから出る。すると、廊下の壁に寄りかかって腕を組む巫女と目が合った。
「ここを通りたかったら、この私を倒すのだ」
「……逃げようなんてしねえよ」
まだ全身がピリピリするし、これ以上体を酷使するわけにはいかない。第一、たとえ元気であったとしても俺に巫女を倒せる自信なんてない。
「だったら自ら足枷を付けなさい。私の機嫌が悪くならない内にね」
「ふん」
俺は花村の横を渋面で通り抜け、柱のそばへ歩み寄る。そして床に転がっていた足枷を拾い、それを自分の足首に取り付けた。複雑な心境である。
「金也、なんかごめんな」
謝りながら近寄って来た花村だけど──冷静に考えて、今俺が苛立っている事に限っては、特に何もこいつは悪くない。
電気ショックを食らったせいか、さっきの怒りもどこかへ消えたしな。
「ううん、花村が謝ることねえよ。悪いのは全部あいつだあいつ」
あぐらをかいたまま頬杖をつき、部屋の中を歩く巫女のことを睨みつける目で追った。
「何よ、私だけが悪者扱いなの?」
足を止め、不機嫌そうに目を据わらせて俺を見る。
「そりゃそうだろ。お前が監禁なんて思い付かなければ、俺が今こうして苛立つ事もなかったんだからな」
いつにも増して俺は巫女へ攻撃的な態度を取る。
もしかすると消えた花村への怒りは、自覚していないところで巫女に転換していたのかもしれない。
「あらあら、やけになっちゃって。かなりストレスが溜まってるわね。花村、ガス抜きが出来てないじゃないの」
「なんだ、さっきのやり取りを見てたのか? まあ、まさか俺もあのタイミングで逃げるなんて思わなかったからな、と」
花村は俺の前で腰を下ろし、あぐらをかいた。
「なあ金也。とりあえずは諦めて、しばらくはここにいろよ」
「なんだよ? お前言ってる事が支離滅裂だぞ」
「さっき俺が言っていた事は忘れてくれ。あれはお前の本心を引き出そうとしただけなんだ。ガス抜きも兼ねてな」
「何だそれ?」
本気で意味が分からないんだが。
「だからもう逃げていいなんて言わないし、逃がそうともしない。むしろここにいてくれと、俺はお前にお願いするよ」
などと急に頭を下げてお願いされても、俺は現時点でここにいるしか選択肢がないのだから、そうせざるを得ませんがな。
「さて、こうしてスーパースターが頭まで下げて頼んだわけだ、お前がここにいる十分な理由が出来ただろ?」
口角を上げ、言葉の足らない部分は目で語ってきた。
「……全然十分じゃねえよ。だけどせめて鰻子の為にってことで、しばらくはここにいてやるよ」
余所を向いて、俺はそう答えた。
「良かったな巫女、金也がしばらくここにいてくれるってさ」
いつの間にかベッドの横に立っていた巫女に向かって花村が伝える。
「あっそ。だったら伝言して、全ての決定権は私にあるとね」
タンスから洋服を取り出し、こちらを向いて返事をする。
「だってさ」と、花村が俺を見る。
「聞こえてるよ」
正直、率直な気持ちを述べると俺はもうこの環境に慣れてしまっている。
それは電流に慣れたとか、巫女の扱い方が分かったということではなく、ここに自分がいるという事に違和感が無くなってきていることだ。
心情は──悔しいけど、確かに俺はここから逃げたいというより、逃げなくてはいけないという気持ちの方が強かった。
つまり、自分は監禁されているのだから、絶対に逃げなければいけないという使命感のようなものにとらわれていたのだ。
どうしてそんな考えを持つようになったのか、それは俺自身もハッキリとは分からない。
ただ、監禁された事で不自由になり、自分の行動を制限されているものの、この巫女による監禁生活は、俺が思っていた監禁生活とは大きく異なっていることが一つの要因だろう。
……。
……分からない、ではないか。俺は納得したくないだけなのかもしれない。もしくは、マゾヒズムに目覚めてしてしまったのかもしれない。
「で、さっきからお前何をやってるんだ? 一応男が二人もいるんだから、少しくらい恥じらいを持てよ」
タンスの前で服を漁っている巫女に花村が訊く。ベッドの上は服や下着が散らばっていた。
「うるさいわね。いらない紐がないかどうか探してるだけよ」
「紐? 何に使うんだ?」
「アンタには関係のない事よ」
冷たく花村の質問を突っぱねてベッドに座った。
「ところで、少しは仲良くなれたの?」
パーカーのポケットに手を入れ、足を組んで巫女が尋ねる。
「……ああ、俺はいつでも仲良くなる準備は出来ているんだけどな。金也が変に頑固で困ってんだよ」
お手上げ状態と言うように花村は両手を天井に向けて、頭は俺に向けた。
「頑固って何だよ。俺は別に友達になる気がないとまでは言ってないだろ」
人から頑固と言われることがあまり好きではない俺は、せっかく落ち着いてきた苛立ちをぶり返す。
「だったら今友達になったっていいじゃないかよ?」
「嫌だね。お前と友達になるのは、最低でもここから自由になってからだ」
上から目線でそう言う俺に、花村は的を射た口撃をしてくる。
「そういうのが頑固ってんだよ」
「な!?」
「はいはいはい……アンタ達が仲良くなったのは分かったわ」
溜め息を吐きつつ、呆れ顔で近付いて来た巫女が俺達の間で膝を着いた。
そして「じゃあ仲良くなった記念に」と、俺と花村の首に両腕を回し、自らにぐっと力強く引き寄せる。
「一緒にゲームでもして遊びましょうか」
ニヤリとした巫女の表情を見て、俺と花村はあからさまに嫌そうな顔をして見せた。