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「こんなことなら自分の車で来れば良かったよ。望宝神社って丘馬町にあったよな? あそこまで歩くのは面倒だなあ」
エレベーターに乗ると花村はそうぼやく。だけど花村言う通り、歩いて行くと一時間くらいはかかるかもしれない。
「仕方ない。タクシーで行こうか?」
コクリコクリ。
「別に巫女もタクシーを使うなとは言ってないからな。楽しようぜ」
中は無邪気に笑っているのだろうが、表面は大仏だから気持ち悪い。
と、エレベーターは一階についた。
自動ドアを通り抜け、エントランスからマンションの外に出る。
なんて事ない景色のはずなのに、広大な自然の風景を眺めているような感動を得た。
たかが一日ぶりだが、地上に足をつけたことによる感動は思いのほか大きい。
「大通りに出ようか。その方がタクシーを捕まえ易いしさ」
コクリ。
「……」
しかし、声が出せないというのはかなりのストレスだ。
一体どういう原理なのかは分からないけど、巫女は凄い薬を作ったもんだな。詠唱必須の魔法使いには致命的だろ。
「いざ外に出て歩くと恥ずかしいもんだな。こりゃ早いとこタクシー捕まえないと」
道を歩きながら、花村は周りをキョロキョロと首を振って視線を散らす。
言ってることには同感だが、顔を晒している俺の方が恥ずかしいということだけは分かっていただきたい。
周りからの視線が突き刺さるようで、誰一人として俺を被害者だとは思ってないだろうな。
こんな状態で助けを求めるようなジェスチャーをしても不審度が増すだけだし、声を奪われたのは本当に痛い。
「お、きたきた!」
大通りに出ると、すぐに一台のタクシーを遠目で発見し、道路の脇で花村が手を上げた。
だが──無情にもタクシーは法廷速度をオーバーしてまでも、俺たちの前を通り過ぎて行ってしまう。
「……何だよ今のタクシー。無視は酷いな。あとで会社に文句言ってやろうか」
愚痴る花村の気持ちは分かるけども、その前に俺たちが通報されないことを願うよ。
どう考えても、手錠で繋がった男二人組(特に大仏のマスク)を乗せたがるタクシーなんていないと思う。
客観的に見れば、俺たちはただの変人と言うより、犯罪の香りがプンプンとする変人だ。
今も後ろの方で携帯電話のカメラのシャッター音が聞こえたし、これは本当にいつか通報されるかもしれない。
「もしかして、俺のポーズがいけなかったのかな?」
「?」
は?
おいおいマジかよ。
こんな幼稚園児でも分かるような問題点に気付いていないのかこいつは。大仏の螺髪は知恵の象徴だというのに、中身はとんだアホのようだな。
「あのー、ちょっといいですかね?」
「?」
と、突然ポンと後ろから肩を誰かに叩かれたので、俺はおもむろに振り向いた。
「!?」
なんと、自転車でパトロールをしている男女二人の警察官がそこに立っていた。最悪の展開である。
「すいませんが、少しだけお時間いただけますか?」
警察官は笑顔のまま自転車から降り、職務質問する気満々である。やはり警察官にとって俺達は見過ごせない存在だったらしい。
通報されるまでもなかったな。
さて、俺にとってはもっとも会いたかった存在ではあるのだが、この状態をどう弁明すれば良いのだろう──と、刹那に考えていた俺よりも先に、花村が警察官に話をかける。
「何ですか? 申し訳ないですが、俺に取材するならまず事務所を通してからお願いします」
「取材って何ですか? 警察なんですけど? ……じゃあ訊きますけど、事務所って何の事務所なんですか?」
本気なのかふざけているのかはさておいて、いずれにしても訳の分からない花村の発言にもあくまで笑顔を見せて対応する。
一方で、俺は気付いていた。
男の警察官の後ろで、もの凄い俺達を警戒をしている女警察官がいることを……。
逃げようとでもしたらすぐさま飛びかかるような鋭い目つきだ。女にモテて、男にモテないタイプだ。
「お兄さん、俺の滲み出ているスーパースターオーラで分からないんですか? もちろん芸能事務所のことですよ」
「芸能事務所……もしかして、お二人は芸人さんとか?」
「芸人じゃないですよ。俳優です。俳優の花ぶほっ!?」
花村が自分の名前を言おうとしていたので、俺はそれを食い止めようと思わず腹を殴ってしまった。
「ちょ、いきなり何するんだよ!?」
腹を押さえて俺に怒っているようだが、そんな究極の無表情に何を言われてもこれっぽっちも怖くない。
というか、むしろ俳優生命を助けてやったんだから礼を言ってもらいたいところだ。だから俺も負けじと心情を訴えるように無表情で対応する。
「何だその人を蔑むような顔は? いいか金也、いくら温厚な俺でも急に殴られてヘラヘラはできないんだぞ」
ヘラヘラしたところで分からねえよ。それに名前を呼ぶんじゃねえよ。
「まったく、今回はまとも奴だと思ってたけど、相変わらず巫女は変な奴ばかり捕まえてくるよな」
「……?」
たった今、とても深い意味を持った言葉を花村が発した気がする。
「な、何だよ!?」
今の内容を詳しく言ってもらうために、俺は花村の胸ぐらを掴んで激しく揺らした。
今回とは何だ、今回とは!?
「コラ、やめろ! 言っとくけど俺めちゃくちゃ強いんだからな!」
「!」
「ちょっと君たち、やめなさい!」
俺たちの間に警察官が割って入り、「まあまあ」と落ち着かせるように俺と花村の胸辺りを軽く叩いた。
「ほんと、何をやってんの君たちは……身分を証明する物とかある?」
俺たちよりも苛立っているような表情で警察官が言った。
「身分証明ですか……それは無理ですね。一応そういうのを気軽に他人へ見せるなと事務所に止められてるんで」
花村は親指を立ててグーサイン。ハートが強いのか、本物の馬鹿なのか。
「グーじゃないから──だから事務所って何なんだ、さっきから!」
頭を抱えるように額に手を当て、とうとう痺れを切らした警察官が声を張る。
俺もまさか花村結城がここまで天然キャラだとは思いもしなかった。
「じゃあ君はどうなんだ。免許証とかないの? 無いなら少し長くなるよ」
最初は丁寧な言葉使いだった警察官も段々と雑な口調になり、八つ当たりするように俺に声をかける。
ただ、残念ながら今の俺は身分を証明するものを持っていない。
財布や携帯電話は着替えたデニムのポケットに入れたままだ──俺も人のことが言えない馬鹿だな。
俺は身分を証明できる物を持っていないと伝える為、首を横に振った。
「はぁ……ならこっちで調べるから名前と住所教えてくれる?」
溜め息混じりに警察官が言う。
おっ……待てよ。
これってもしかして、このまま不審者を演じていれば警察署にでも連行されるんじゃないのか?
そうすれば声は出せずとも、この人生最大の非常事態を警察に伝えられるチャンスが出来る。
今日の俺、冴えてるかも!