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「……ん、外してくれんのか?」
巫女は俺の足元でしゃがみ、足枷を外した。
「当然でしょ。繋がってたら外に出られないじゃない」
「いや……」
と、俺は口を開こうとするも言葉を呑み込んだ。これは待ちに待った大チャンスかもしれないぞ。余計なことは言わないでおこう。
「ただ、アンタが変に期待をしないよう、先に希望を削いでおいてあげるわ。逃亡なんて考えるだけ無駄だからね」
巫女は俺の心を読み取ったかのように釘を刺す。
そして、立ち上がった巫女はパーカーのポケットに手を突っ込み、もう片方の手で俺のあごを掴む。
「はい、あーん」と、巫女はポケットから取り出した赤色の錠剤を俺の喉奥目掛けて投入した。
「あがっ!?」
反射的に飲み込んでしまった錠剤をすぐに吐き出そうとしたのだが──駄目だった。
「何を飲ましやがった!?」
「毒」
巫女の返答に全身の血液が一気に引いた。
「どど、どど、どど、ど、どどどど、どどどどどど、どく、毒だって?」
「そうよ。解毒薬を飲まなかったら、あと一時間ほどで死んじゃうわよ」
なんてこった。
「はは……はは、はは! 馬鹿言うなよ。いくら何でも、そりゃ嘘だろ?」
「ええ嘘よ」
嘘なんかい。
「ッ!」
あれ、声が……?
「もうそろそろ効果が出るはずよ。何か喋れる?」
巫女は問う。そして俺は返事をしようとするも、空気の栓が喉に詰まっているかのように声が出せない。
「!?」
喉を押したり、深呼吸をしてみたりするが声が出ない。
「──ッ! ──ッ!」
どれだけ声を出そうとしてみても、ずっと息が詰まるような感覚があるだけでかすれ声も出やしない。
「どう? 声が出ないでしょ。今アンタが飲んだのはね、私が作った『コエナクナール』っていう薬なの」
「──ッ!」
俺は大声で『なにい!?』と怒鳴っているつもりで巫女にジェスチャーで怒りを伝えた。
「はいはい分かった分かった。治してほしいんでしょ?」
俺は二度首を縦に振る。
「だったら花村と一緒に望宝神社に行きなさい。んで、大人しく帰って来たなら治してあ・げ・る」
そうハートが漂うようなウィンクをして見せた。
「……」
絶望感。
とんでもない女だ。あらゆることを想定して心構えているつもりでも、次から次へと俺の予想だにしていない選択肢をぶつけてくる。
外に出れば大声を出して助けを求めよう考えていたけど、浅はかだったか……。
「とにかく、神社のお守りをさっさと買って来なさい。頼んだわよ花村」
「おう。スーパースターに任せといてくれ――とは言いたいけど、さすがに俺がこの状態で外を出歩くのはマズいと思うんだ」
別にスーパースターでなくとも、男二人が手錠をして出歩くのはかなりマズいと思われる。
「どいつもこいつもワガママね。でも、史上最高の頭脳を持っている超絶美人のこの私に抜かりはないわ」
ゴソゴソと、巫女はまたパーカーのポケットに手を入れる。
そして、「テケテテッテテー!」と口ずさみながら取り出したのは、どこかしらで一度は見たことのある大仏のマスクだった。
「それを……俺に被れと?」
花村は顔の筋肉をピクピクと痙攣させながら訊いた。
「これを被っていればアンタが花村結城だなんて誰も思わないわよ」
「それはそうだけど、それ視野が狭いから歩きづらいだろ。俺が足をつまづいて転けたらどうするんだ」
懸念すべき問題は絶対にそこじゃないと思うが、完全に否定しづらいから遠回しに断りを入れているように感じた。
「まあいいから被ってみなさいよ」
巫女は強引に花村の頭に大仏のマスクを被せた。
「……どう似合ってる?」と、花村が俺に頭を向ける。
身長が高いだけに、大仏の顔に見下ろされる感じが非常に不気味であるが、俺はおもむろに頷いた。
というかどうでも良かった。
「じゃ鰻子、食器洗っといて。私は研究室にいるから」
「分かったんだよ」
鰻子に指示を出しながら巫女はキッチンの中に入り、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出した。
「あとは自分たちの好きなように行動しなさい。ただし、あまりにも遅かったら二人とも頭吹き飛ばすわよ」
廊下で振り返り、手で作った銃で俺達の頭を撃ち抜いた後に巫女は部屋を出て行った。
「おっ皿洗いだよ! おっ皿洗いだよ!」
リズムに乗ってキッチンに向かう鰻子を目で追った後、俺は花村の肩を叩いた。
「ん?」
俺は玄関を指差して、早く事を済ませようと表した。
「そっか、喋れないんだったな。今から友達になろうって二人から会話を奪うんだから、困ったもんだよ」
もっともである。俺は深く頷いた。
「まあ、一応言っておくけどな。逃げようなんて考えないでくれよ。それこそ本当に俺は困っちゃうからさ」
こもった声で言ったその言葉に、俺は今のところコクリと頷いておいた。
「じゃあ行きますか?」
コクリ。
「鰻子、ちょっと出てくるけど、すぐに戻って来るからな」
「了解だよ。気を付けて行ってくるんだよ、金也」
そう鰻子は洗剤の泡ついた手で俺に手を振る。
「金也だけかよ」
皿洗いをしている鰻子に声をかけた後、互いに気を遣いながら玄関まで歩く。
「金也の靴は……これか」
花村に靴箱からスニーカーを出してもらい、靴を履いて玄関扉を開ける。外の空気に触れると、まだ半乾きの髪がひんやりと冷たい。
単純に肌寒い時間帯でもあるので、上着を着たのは正解だったな。