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只今、監禁中です  作者: やと
第三章 スーパースター
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 そして──「いただきます」


 巫女がカボチャ煮を運び終えると、みんなでテーブルを囲って朝食を食べ始める。

 当たり前だが、鰻子は眺めているだけだ。


「うわ、うまっ!」


 俺はまず中央に鍋ごと運ばれたカボチャ煮を一口分取って食べる。これが想像以上に美味かった。


「どうだ、美味いか?」


 隣に座る花村が訊いてくる。めちゃくちゃ肌が綺麗だし、どの角度から見てもイケメンだ。


「はい、美味いっす」


 ユウキッキンは伊達じゃなかったな。


「そうか、良かった。金也に喜んでもらえるなら、わざわざ調理器具を買ってきた甲斐があったよ」


 言われてみればそうだな。元々この家には調理器具も食器もなかった。俺の生活用品も含めて、全部一人で用意してくれたとは恐れ入る。


 ……ん?

 いや、俺がそう思うのは違うか。


「金也って何の仕事してんだ?」


 味噌汁をすする俺に、花村からの唐突な質問がきた。


「え……元、コンビニ店員です」


 茶碗を置き、小さな声で答えた。すると花村は笑うというまさかの反応を見せた。


「元? じゃあ今は無職か? ははは! どんまいどんまい!」


 バシバシと、哄笑しながら俺の背中を叩いた。何だか急に箸をへし折りたい気分になってきたぜ。


「懐かしいな。俺も昔、巫女のせいで仕事を辞めさせられたりしたからな。いや、おかげと言うべきか」


「えっ、そうなんですか?」

「おう、そうだぞ。俺って俳優やる前はイタリアンの店で働いてたんだ」


「へー」

 だから料理が上手いのか。納得。


「そこでさ、巫女と──」

「話が盛り上がりそうなところ悪いんだけど」


 前のめりになった花村の話を巫女が遮った。俺たちは同時に巫女へ目を向ける。


「花村、アンタ今日仕事はどうなの?」

「オフだぞ。本当は雑誌の取材とかあったんだけど、お前に何か余計に頼まれそうな気がしたから、一応全部延期してもらった」


「ふん、やるじゃない。花村のくせに生意気ね」


 巫女と花村が共に微笑んだ。


「で、それがどうかした?」

「んーん、何でもないわ」


 巫女はパクリとカボチャ煮を口に入れた。美味しそうにもぐもぐと食べる様子は少し幼く見える。


「何だよそれ」と、花村は苦笑する。


 端から聞いていた俺でも、何でもないわけがないということは分かっていた。


「ホントお前って昔から秘密主義者だよな。少しはな、投げられたボールを拾ったのに飼い主の姿が見当たらない犬の気持ちを考えろよ」


 分かるようで分からない喩えをした花村だが、自分を犬に置き換えた時点で諦めはついているのだと思った。


「……」

「ん、どうした金也、またボーっとして?」


 意識を浮遊させていた俺の顔前で花村が手を振った。


「いや、なんつーか……花村さんと一緒に飯を食べてるのが不思議で」

「はは、確かに。俺も監禁されてる男となんて初めてご飯を食べるよ。いや、監禁というよりは軟禁か? まあどっちでもいいか。ははは!」


 いや笑えねーから。

 さっきからちょいちょい気になっていたけど、この人空気が読めないタイプの人間だな。


「……あの、ぶっちゃけ花村さんはどう思ってるというか、どういう立ち位置なんすか?」

「え? あー、金也が監禁されてることについてってこと?」


 俺はコクリと頷いた。


「そりゃあ俺も意味は分からないし、可哀想だとは思うよ。ただ俺にとって巫女は大切な友達だからな。どんな事態を引き起こそうとも、俺は何だって協力してやるつもりだよ」


 なるほど、少なくとも俺にとって希望になりうる存在ではないってことだな。別に期待はしてなかったけどさ。


「じゃあ巫女のやることに自ら荷担するってことですよね。もしメディアにバレたりなんかしたらマズいんじゃないんですか?」


 脅すつもりはなく、目を細めて蔑視する。


「大丈夫大丈夫。そんな簡単にバレたりなんかしないよ。スーパースターは強運の持ち主でもあるからな、ははは!」

「呑気ですね」


 思っていたよりもアホだな。

 この人、週刊誌に自分の写真が載りまくっているのを知っているのだろうか……危機感なさすぎでしょ。


「そんなことより、温かいうちにご飯を食べな」


「人事っすね」

「そんないじけるなよ。お前がいじけてると鰻子が悲しむぞ」


 なんてことを花村が言ったので、俺の横に一歩下がって座っている鰻子を見た。


「ぐすぴー」


 眠ってる。

 正座をしたまま、漫画のような鼻ちょうちんを膨らませたアホ面晒して爆睡してる。

 悲しむどころか話を聞いてすらなかったようだ。


「……ふ」


 でも、鰻子の間抜けな寝顔を見てると気が楽になるというか、癒される。

 ある意味、鰻子の存在が俺の思考をより複雑にさせる一番の厄介かもしれないな。



「──ごちそうさま」


 ご飯を食べ終え、花村は食器を運ぶ。なんだかんだ俺も腹一杯に食べてしまったので、自分の食器をキッチンのシンクへと運んだ。


「ちょっと、アンタ達」


 食器を洗おうと袖をまくる花村とキッチンからテーブルに戻ろうとする俺を、柱のそばに立っている巫女が手招きをして呼ぶ。


「何だ?」と、水道の蛇口を閉めて花村が尋ねた。


「いいから早くこっち来なさい。小指撃って吹き飛ばすわよ」

「はいはい」


 訳も分からず、渋々俺たちは巫女の前まで行った。


「はい金也、これ着て」

「はい?」


 巫女に投げ渡されたのは、今着ているジャージの上着だった。軽く触って見た感じではおかしなところはなかったので、俺は上着を言われた通りに着る。


「じゃあ花村は左手を前に、金也は右手を前に出しなさい」


「脈拍でも測るのか?」と冗談ぽく花村は訊いた。


「花村、今日はやけに無駄な一言が多いわね。そんなに自分の存在を誇示したいのかしら?」


 ほんの少しだけ気まずい空気が流れる。


「……分かったよ」


 息を吐きながら花村が左手を出したので、俺も釣られるように右手を前に出した。

 そして、カチャカチャ──瞬く間に俺と花村は手錠で繋がれてしまう。


「なんだこれ?」

「なんだこれ?」


 俺と花村は同時に巫女を見て訊いた。


「実はね、今日花村を呼んだのは生活用品のお使いでも、朝ご飯を作るためだけじゃなかったの」

「それは何となく分かってたけどさ、じゃあ何の為に俺は呼ばれたんだ?」


 花村が冷静に言葉を返すと、巫女は右手を腰に当て、左手で俺の顔を指差した。


「金也と友達になってもらう為よ!」


 快活に言い放ったが、なんじゃそりゃである。


「……いや、言ってることは分かるけど、その事と手錠が全然結びつかないぞ」


 花村の意見に激しく同意だ。人間同士が友達になるにあたって手錠という道具は必ずしも必要ではない。


「馬鹿ね。真の友達っていうのは、苦楽を共にし、多くの時間を共有しなければなれないものなのよ」

「だから手錠を繋いで、苦楽を共にしろと?」


「正解!」


 ビシッと巫女は花村を指差す。


「おいおい、まさか今日一日中ずっと金也と行動を共にしなきゃいけないってことか?」

「いいえ、一日中とは言わないわ。二人で『望宝神社もうほうじんじゃ』のお守りを買って帰って来たら、すぐに手錠を外してあげるわよ」


「望宝神社?」

「そう。アンタは知ってるでしょ?」


 巫女は俺に目を向ける。


「え、ああ。まあ知ってるけど、そこそこ有名だし」


 望宝神社は隣町にある、俺が小学生だった頃の同級生の父親が神主をしている神社だ。学校が近かったこともあって、帰りによく遊んでいた場所でもある。


 ただ、


「望宝神社って恋愛成就で有名な神社だったはずだぞ。男二人が行くところじゃないだろ」

「つべこべ言わずに言うことを聞きなさいよ。また失神させるわよ」


 そう言われてしまうと、俺はもう何も言えない。


「金也、諦めよう」


 そう花村が言ったので、俺は小さく頷いた。

 今さらながら、俳優の花村結城が俺の名前を呼んでいるのってのは違和感あるな。


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