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「巫女、あまりいじめてやるなよ。誰だって俺みたいなスーパースターを見れば大声を出して驚くさ」
キッチンの中からフォローを入れてくれる花村結城。巫女に意見が出来るなんて、さすがスーパースターだ。
「黙りなさい花村。勝手に口を挟むと五臓六腑ふき飛ばすわよ」
「悪かった。どうぞ続けてくれ」
おい。
「ちょっと、諦めないで助けて下さいよ!」
顔を上げ、花村結城に訴える。
「ごめんな。巫女って人の言うことを聞くような耳を持ってないんだ」
片目を瞑り、申し訳なさそうに手を立てた。自分に害が被ることを避けようとしたのだろうが、巫女は花村の言葉を聞き逃さなかった。
「ちょっと、聞き捨てならないわよ花村。それはつまり、私が人の話を聞かない自己中心的な女だと言いたいわけ?」
「え……そこまでは言ってないぞばふっ!?」
完全に巫女の怒りのベクトルが花村結城に転換する。
その証拠に花村結城の頭部へ巫女の放ったカボチャがクリティカルヒット──その結果、倒れた花村結城は俺の視界から消えた。
「花村、ついでにその蜂蜜臭いカボチャも調理しておいてね。煮物がおすすめよ」
花村結城を攻撃したことで巫女のストレスが解消され、俺の背中から足が離れる。
「……はいはい、煮物でも何でも作ってやるよ。なんたって俺はみんなが羨むスーパースターだからな」
花村はキッチン下から立ち上がって再び姿を見せた。
カボチャが頭部に直撃したにもかかわらず、何事も無かったかのように調理を再開する。
結果的に俺は助かったのでお礼を言いたい気分だが、よくよく考えてみると、俺が監禁されているのが丸分かりのこの状況で、普通に料理をしている花村結城って──お昼のニュースで特番を組むほどの大スクープなんじゃないのか?
「おい、どうして花村結城がここにいるんだよ?」
どうしても気になるので、ソファーの方へ行こうとした巫女の服を引っ張った。
「ん、アンタの服とか歯ブラシとか、ここへ住むのに必要な物とかを色々と買ってきてもらったのよ」
そう言って巫女が指を差した柱の横には、大きな紙袋が三袋ある。中身を覗いて見ると、確かに服や下着などが入っていた。
「って、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて、二人はどういう関係なんだってことだよ」
「はぁ? 友達に決まってるじゃない」
「友達?」
「そうよ。花村は私の為なら何だって言うことを聞いてくれる従順な友達なの」
それ言い方変えればただの奴隷じゃね?
「巫女は俺が有名になる前からの知り合いなんだ。心配しなくても、巫女の彼氏なんかじゃないから安心しなよ」
花村が自然と話に割って入ってきた。確かにそこを気にしてはいたのだが、的外れも甚だしい。
「いやいや、別に心配なんてしてないですから。心配する必要がないですから」
「ははは、その必死に否定する感じが初々しいな」
なんだこいつムカつくぞ。
年齢は確か俺よりも上だったから、敬語を使わないのは構わないのだけど、初対面にしてはあまりにも馴れ馴れしいな。
しかし、こんな場所で出会ってさえいなかったら、今すぐにでもサインを貰っていたことだろう。
さすがにこの状態では、それを自ら言いたくはないが。
「ところでアンタ、もう二日間くらい風呂に入ってないんでしょ? せっかく花村が着替えを買って来てくれたんだから、早くシャワーでも浴びてきなさい」
そうわざとらしく鼻を指で摘まんで言う。
「シャワーって……この状態で?」
俺は足枷を巫女に見せた。
「大丈夫よ、浴室まで届くわ。タオルは洗面所にあるのを使いなさい」
「……分かったよ」
俺の返事を聞くと巫女はソファーへと向かった。
俺はすぐに浴室へ向かおうとはせず、布団の上であぐらをかいていた。風呂に入りたくないわけではなく、単純に寝起きですぐに体を動かしたくないだけだ。
「金也、鰻子と一緒に入るんだよ」
いつの間にか後ろにいた鰻子が俺の背中に寄りかかってきた。見た目以上に鰻子の体は重く、俺は両手を下につけて体を支える。
「入らねえよ。錆びるだろお前」
「錆びないんだよ」
「どのみちお前とは入らねえよ」
俺はハの字の眉毛をした鰻子を退けて立ち上がり、花村結城が買ってきてくれたらしい着替えの服を紙袋から適当に取り出した。
「どうだ、良いパンツだろ?」
そう言う花村結城の視線の先には、ピンク色のボクサーパンツを持った俺がいる。さすがスーパースターだ、センスが普通ではないようだな。
「花村さんは普段こんな派手なパンツを穿いてるんですか?」
目を据わらせて尋ねる。
「そうだよ、派手な方がテンションが上がるからな。それと、別に敬語は使わなくてもいいぞ。それじゃあいつまで経っても仲良くなれないからな」
「はあ、そうですか……」
いきなり敬語をやめろと言われても、そう簡単に切り替えは出来ない。というか、俺と仲良くなる予定なんだ。
花村結城と友達にでもなれば、合コンネタとしては最高だな。
「……浴室に入ってくんなよ」
下着の他にTシャツやジャージのズボンを取り出した後、鰻子に念を押した。
「入らないんだよ。一緒にシャワーを浴びるだけなんだよ」
「お前俺の話聞いてる?」
「うん」
迷いなく頷く鰻子に、人の話を聞いていないことを理解した。
「おい鰻子、金也をあまり困らせてやるなよ。逆に嫌われちゃうぞ」
確かに俺を困らせている鰻子を注意してくれたのは花村だった。
「……分かったんだよ。金也に嫌われたら鰻子は悲しいから、我慢するんだよ」
ぺたんと、鰻子は布団の上に寝そべる。
どうして鰻子が俺を好いてくれてるのか不明だが、甘えてくれる仕草や言動が──重なるんだよな。
「……」
さ、風呂入ろ。
ジャラジャラと鎖を引きながら浴室へ向かう。キッチンを通り過ぎる際に、花村結城が親指を立ててグーサインをして見せた。
ちなみに下は紺色のジーパンを穿いていた。
「?」
俺は何がグーなのか意味が分からなかったので、とりあえず笑みを浮かべてごまかした。
逃げるように洗面所に入ると、洗面台に置いてある新たな歯ブラシとマグカップを発見する。
昨日は一人分しかなかったから、この新たに増えた歯ブラシは俺の物、ということだろう。
これだけを見ると、俺と巫女は同棲をする恋人同士みたいだな。まあ広い意味では同棲に変わりないのだけど。
と、そんなことよりも早く風呂に入った方がいいな。たらたらしてたら巫女にまた電気を流されるかもしれない。
トラウマに怯える俺はさっそく服を脱ぎ、裸になる。しかし、服を脱いであることに気付いた。
下着とデニムは鎖に通すことで脱げはするのだが、新しい服に着替えることは出来ない。
巫女に足枷を外してもらえない限りは、ずっと同じ下着を穿かなくてはならないわけか……。
まあ、これは後で巫女に訊いてみよう。とりあえず寒い。
キュキュッと、浴室に入って蛇口を開ける。ちょうどいい湯加減にして、頭からシャワーを浴びた。
「プハー!」
二日ぶりのシャワーは最高だ。足に余計な物が付いて無ければ、もっと素直に喜べるんだが……。