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「え」
俺は目を見開き、耳を疑った。彼女の言動も訝った。
だが、何度も何度も巫女ちゃんの言葉を脳内で繰り返し再生していくうちに、靄のようにかかっていた疑念は払拭された。
とどのつまり、性欲に従ったのである。
「行きます。絶対に行きます! 金也行きまーす!」
「んふっ、決まりですね」
口を閉じて微笑む巫女ちゃんはまさに女神。後光が差して見えるほど、俺の目に映る巫女ちゃんは神々しくもある。
しかしこの急展開、恋愛経験の無い俺には少し荷が重い気もするが、千載一遇のチャンスを自ら逃すつもりはない。
「じゃあ、早速行きましょう」
巫女ちゃんは俺の腕を掴んで引く。意外にも積極的な子だ。これが今日本に急増しているという肉食女子なのか?
ありがてえ。
「行こう! 誰にも邪魔されない、二人だけの愛の巣へ!」
普段からあまり深く物事を考えずに行動しちゃうタイプの人間である俺は、演劇風に席を立ち上がって巫女ちゃんの手を握った。
「おい金也、何やってんだ?」
歌っていない方の俺の友人が眉間にしわを寄せて呼び止める。だから俺は勝ち誇ったように口角を上げた。
「じゃあな、あとは四人でゆっくり楽しんでくれ。釣り銭は要らねえよ」
財布から五千円札を取り出し、テーブルの上に置いた。突然の行動に困惑したようで、歌を歌っていた友人はマイクを使って尋ねてくる。
「おい金也、どういうことだよ? 抜け駆けは禁止って言っただろ」
「うるせえ! 今日は俺様の日って事だよボケがああ! ふはははは!」
戸惑う友人に暴言を吐き、巫女ちゃんの腕を引いて部屋を飛び出る。まるでドラマのワンシーンかのような光景はスローモーションのように流れて見えた。
今まで幾度となく行なった合コン……その度に俺は一人寂しく家路に就ついていた。
その翌日には大抵友人からの自慢話を聞かされ、敗北感に男としての自信が削られていく日々。
だが、ようやくツキは俺に回ってきた。
俺は今、超絶美女を引き連れて歩いている。
この子を彼女にしたら、一気に形勢逆転。俺は勝ち組だ。
友人たちの見下したような目を閉ざし、高くなった鼻をへし折る事が出来るのだ。
絶対に離さない。絶対ものにしてやる。
カラオケ店の外に出ると、巫女ちゃんは白色のコートを羽織り、俺はダウンジャケットのファスナーを閉じた。
息を白くするほどに気温は低く、街歩く人々はみんな肩を竦めて寒さに耐えている様子だ。
今は冬だから寒いのは当然である。
もうそろそろ子供たちへプレゼントを配りまくる、世界で最も有名なお人好し爺さんが現れる季節だ。
四方八方、周りを見回せば寄り添う男女が幸せそうに手を繋いで歩いている。
昨日までの俺ならば、劣等感に苛まれるこの光景は生き地獄だったろう。
だがしかあああああしッ!
今日は違う。
まだ恋人ではないにしろ、そうなる可能性がある女の子と一緒にいる今の俺の心境は、未だかつて抱いたことのない優越感に満ちていた。
決して、ブランドバックのような感覚で巫女ちゃんを見ているわけではない。
けれど、きっと周囲を行く八割の人々は巫女ちゃんと俺が恋人同士に見えていて、大多数の男どもからしてみれば、美女を連れている俺が妬ましいことであろう
周りの視線をチクチクと感じる。
さあ、もっと俺を見ろ。
「ねえ見てよ、あそこのカップルって不釣り合いの極みのような二人じゃない? 女の子はめちゃくちゃ可愛いのに……」
「馬鹿だなお前は。あれはカップルじゃねえよ、どうせいとこ同士とかだろ。間違っても恋人同士なんかじゃねえ」
わざと聞こえるように言っているのか、ガードレールに寄りかかるギャルとギャル男が憎たらしい顔を見せていた。
巫女ちゃんがいる手前何も出来ないので、目で殺すように睨みつけるのが精一杯である。
「あの、神田くん。これからどうする?」
俺の腕を軽く二度引っ張り、鼻先をほんのりと赤くした巫女ちゃんに見つめられる。ギャルカップルに向けられた殺意は瞬く間に消え去り、優しげな表情に変わった。
「え、ああ……神田じゃなくて金也でいいよ。俺あまり自分の苗字が好きじゃないんだ」
「そうなんだ。じゃあ私も巫女でいいよ。ちゃん付けされるのは子供っぽくて嫌だから」
そう微笑んだ巫女に、俺の胸はキュンキュンしております。
「それで、これからどうする?」
ですよね。
勢いに任せて飛び出して来たから、特にプランを考えてはいない。
そういえばさっき射撃のゲームが好きだと言っていたな。近くのゲームセンターに行くというのもアリだな。
いやいや、待てよ。
この時間帯は危険か。治安が良い国だとはいえ、カップルに絡んでくる面倒くさい輩というのは絶滅してはいない。特に男同士でたむろしているような奴らは悪乗りし易いので、溜まり場でもあるゲームセンターに行くのは避けた方が賢明だな。
となれば……何も食べずに出てきたから、ここは食事にでも行くか。
「あの」
「あの」
俺と巫女は、同時に話を切り出した。
「あ、先にどうぞ」
俺はすぐに発言権を譲った。
「あ、あの、もし良かったら私の家に来ないかな?」
視線を斜め下に向け、湿らせた言葉を詰まらせ、両手の指を腹下で絡ませながら、巫女は破壊力抜群の上目使いを見せてきた。
「……」
静止画のような俺の頭の中に、言葉がよぎる。
キ タ コ レ。