22
「ふぅ……」
今日は長い一日だった。
正直、監禁されたという事実を知った瞬間と今とでは、全く心境が異なっている。
巫女は暴力を振るけども、純粋な悪とは程遠い存在だ。
本当にただの悪戯っ子がそのまま成長したような奴で、自分が犯罪をおかしているという自覚すら無いと思う。
当然まだ先の見えない不安はある。
ただ──なんて言うんだろうな、自分でも不思議な感覚だ。
妙な安心感がある。
……。
余計なことは考えないようにしよう。
「んーっ!」
俺は立ち上がり、背伸びをした。
そしてジャラジャラと鎖を引きながら、壁についた電灯のスイッチを一つオフにして、巫女が寝ている右空間の電灯を消した。
「くー……すー……」
俺はその場に佇み、しばらくベッドで寝ている巫女を眺める。
耳にイヤホンをして、ぐっすりと眠っているその寝顔はただの可愛い女の子だ。
起きている時は全く隙がないだけに、無防備な様を見るのはちょっと興奮する。
ツー。
「!」
やべえっ、鼻血が出てきた。
慌てて指で鼻を押さえ、上を向いて鼻血を止める。
我ながら恥ずかしい姿だ。妄想で鼻血を垂らすとか、中学生でもなかなかしないだろ。
周りに拭くものはないのでトイレに行き、トイレットペーパーを鼻の穴に詰め込んだ。
次に血の付いた手を洗おうと、反対側にある洗面所へと足を運ぶ。
洗面所の中は暖色の電灯に照らされていて、大きな鏡と洗面台と洗濯機と鉄製の棚と浴室がある。
ジャー。
洗面台で手を洗い、ついでに顔も洗う。
顔を上げ、鏡に映る自分の顔を見て、「はぁ……」と思わず溜め息を吐いた。
かなり巫女に殴られたりしたと思っていたんだが、痣が一つもない。
もしわざと痣が出来ても分からない場所を意図的に攻撃していたのなら、あいつはいじめのプロだな。
きっと小さい頃から権力に物を言わせていじめを繰り返していたに違いないさ。
「……ん」
それにしても、洗面所の鏡ってのは自分が少し格好良く見えるよな。今の俺なら俳優の〈花村結城〉程度には勝てそうだぜ。
「何やってんのよ、バカ」
「うわ!?」
鏡に向かって色々なキメ顔をしていたところ、洗面所に入ってきた巫女に目撃される。
これは恥ずかしい。すぐ顔面が赤くなる。
「何だ、もう目を覚ましたのかよ」
「悪い?」
半目の状態で不機嫌そうに言った。
「いやいや、そうじゃねえよ。あまり変な寝方をしてると、逆に疲れが溜まるぞ」
今日だけも巫女は三~四回は睡眠を取っていたはずだ。ニートだとしても惰眠をし過ぎである。
「うるさいわね。寝たい時に寝て何が悪いのよボケ。そんなことよりも、ここで何してんのよ?」
「ああ、ちょっと顔を洗いにな」
「何だ、てっきり私はシャワーを浴びにでもきたのかと思ったわ」
「それも一瞬考えたけどな。勝手に使う図々しさはないんでね」
「あっそ。じゃあさっさと消えなさい。私はシャワーを浴びたいの」
憎たらしい表情で、手で俺を払うような仕草をした。
「分かったよ」
言われた通りに洗面所から消えようと一歩足を踏んだ。
すると、
「っ!?」
また巫女が不可解な行動を取る。
「あ、あの……、一体これはどういうことなんでしょうか?」
洗面所を出ようとした俺に巫女が抱き付いてきた。正面を見ている俺の右頬に、巫女の右頬が当たる。
肌で感じる巫女の体温に緊張した俺は体を硬直させて、胸の鼓動を高鳴らせた。
そして何よりも、やわらかな胸の感触が気になってしまって思考回路が停止中だ。
「今日は一日、ご苦労さま」
耳元で巫女が言う。俺は無言のまましばらく聞いていた。
「色々と、凡人のアンタには受け入れがたい事ばかりだったでしょうけど、思いのほか適応力が高くて安心したわ」
これは褒められてるのか?
「もしもアンタがしつこく私に立ち向かっていたのならば、今ごろ鏡の前で自分のキメ顔に酔いしれることも無かったでしょうね」
皆まで言わないで。
「本当によく我慢したと思うわ。いい子いい子」
巫女はポンポンと、優しく俺の背中を叩いた。その後体を離して、ニコリと笑みを浮かべる。
可愛いが、恐ろしくもある。
「そろそろ寝なさい。疲れたでしょ?」
「え、いや、まださすがに眠くないかな。いつも夜勤で働いてたし、元々体質が夜行性だからな」
それに今ので興奮しちゃって余計眠れなくなったっての。
「いいえ、寝なきゃ駄目よ。だって今から私はシャワーを浴びるんだから」
スッと、巫女はいつの間にか取り出していた電流装置のリモコンを俺に見せた。
「おい、ちょっと待てって、俺何もしてないだろ!?」
身の危険を感じた俺は後退りして、巫女に問いかけた。
「これから何かするかもしれないでしょ。だって超絶美女かつスタイル抜群の私がシャワーを浴びるのよ。そんな無防備な状態の私を、監禁されているアンタが襲わないわけないじゃない」
すっげー自信だ。どんだけ自意識過剰なんだよ。
「ふざけんな、俺がお前を襲うわけないだろ! 身の程を弁えてるつもりだよ!」
「今はそう思っていても、後から考えが変わるかもしれないじゃない。だから念には念を入れて、アンタには失神してもらいます」
必死な俺の言葉に聞く耳を持たず、巫女は笑顔で手を振りながら電流装置のリモコンに親指を乗せる。
「ちょっと待っ──」
ポチッ。
おやすみなさい。