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「ふう」
俺は布団の上に投げられたジュースを取り、それを飲んだ。
「運動して、だいぶ緊張はほぐれたかしら?」
キッチン越しに巫女が言う。
「は? 緊張なんて……まあ、な」
ほぐれたというか、無いに等しい。巫女に言われるまで、完全に俺はこの一時をリラックスしていた。
「張り詰めた緊張から解放されるとね、人は急にお腹が減っちゃうものなの」
「確かに……」
ぎゅうっと俺の胃袋が鳴いている。
「じゃあそろそろご飯を食べましょう。もちろんカボチャなんて、出さないから安心なさい」
透明感のある優しい笑みだった。さっきまでバットを振り回していた女だなんて思えない。
「……」
本当にこいつは、何を考えているのか分からない。
──夕飯は昼に買っておいたコンビニの弁当で、部屋の中央に移動させたテーブルでそれを食べる。
冷静に考えて、どうして俺を監禁している女と向かい合って飯を食っているのか、自分でも理解しがたい状況ではあったが、横でずっとニコニコとして俺を見つめている鰻子のせいでどうでもよくなった。
「ふぁぁ……眠た」
食事中も度々あくびをしていた巫女は案の定……午後七時頃にはベッドの上で爆睡していた。
今日一日の巫女の行動は、まさにニートのような生活だ。
自分の好きなことをして、ご飯を食べて、寝たい時に寝る。
結局巫女の収入源を聞くことを忘れていたけど、金持ちで自由に毎日を過ごせるというのは素直に羨ましい限りだ。
不平等な世界を呪ってやりたいよ──とでも巫女に言ったら、間違いなく殴り飛ばされるだろうな。
「なあ、お前ロボットなんだったらさ、わざわざ勉強しなくてもいんじゃないのか? よく分からねえけど、データをダウンロードするとか、もっと簡単な方法があるだろ」
俺はテーブルに頬杖をつき、真面目に巫女の用意した宿題をする鰻子をじっと眺めていた。
鰻子は毎日巫女から宿題を出されるらしく、その宿題を済ませてからじゃないと眠れないらしい。
今日は五枚のA4用紙両面にビッシリと埋まった数字の問題が宿題で、鰻子はかれこれ一時間集中力を切らすことなく鉛筆を走らせては思考し、消しゴムで字を消しては頭を悩ませている。
「金也、鰻子はロボットだけど、人間のようなロボットとして造られたんだよ。もし鰻子が学ぶことに苦労を感じなくなったら、それはただの機械なんだよ」
なんかすげー深いこと言ってるな。
「そうか」
「……はぁ、ようやく終わったんだよ。鰻子疲れちゃったんだよ」
鉛筆をテーブル上に転がし、天井を見上げて息を吐く。
「なんだよ、ロボットなのに疲れたりするのか?」
「疲れるんだよ。頭をずっと使ってると熱暴走しちゃうから、たまにクールダウンしないと倒れちゃうんだよ」
なるほど。
具体的な意味は違えど、人間の症状とあまり変わりはないな。俺も数字を見続けると熱が出るタイプだし。
「鰻子はそろそろバルコフを充電してくるんだよ」
そのバルコフはというと、電力消費を軽減する為に数十分前くらいからスリープモードに入って停止している。
「じゃあね金也、また明日鰻子が起こしに来てあげるんだよ」
鰻子はバルコフを抱えあげて立ち上がり、テーブルに寄りかかる俺を見下ろして言った。
「え、もう寝るのか──というかお前寝る必要があるのか?」
時間はまだ午後九時前である。
「うん。鰻子も無駄にエネルギーは消費したらダメだし、今日覚えたことを整理しなきゃならないから眠るんだよ」
「よく分からないけど、そうか……」
ふと俺は視線を床に落とす。すると鰻子はしゃがんで俺の顔を下から覗き込むようにした。
「……もしかして、鰻子がいないと寂しいの?」
「え!? ……そんなことはねえよ。ただあいつと二人きりになるっていうのがちょっとな」
もちろんあいつとは巫女のことだ。
昼にあんなことがあったわけだし、意識しないはずもない。鰻子がいてくれた方が気が紛れるので、出来ればこの部屋から離れてほしくはなかった。
「悪い、気にしなくていいよ。お前は自分の部屋に戻りな」
「……うーん。寂しくなったらいつでも鰻子を呼ぶんだよ」
「ああ」
呼ぶ手段なんてないけどな。
ガチャン。
鰻子が部屋を出て行き、巫女の呼吸が聞こえるほどに静寂する。
テレビを見る気は起きないし、まだ眠たくもない。
携帯電話が使えるならば暇つぶしも出来るのだけど、妨害電波だかのせいで圏外だから仕方がない。
ん……そうだ。
何でテレビは見れるんだろう?
妨害電波ってテレビとかにも影響があるんじゃなかったけ?
まあ何だっていいか。きっと俺の知らない科学的な事情が色々あるんだろう。




