18
「ほんと、アンタと話してたらイラつくわ」
お互い様だ。
「イラつき過ぎてお腹もペコペコよ。そろそろ夕飯にでもしようかしら」
「え、もう夕飯かよ。さすがに早いんじゃないのか?」
外はまだ日が暮れていない。そしてパンを食った俺は腹が減っていない。
「だったらアンタは後で食べればいいじゃないの。もしくは食わずに飢え死になさいよ。そしたらゾンビにして頭に銃弾をぶち込んでやるわ」
「……好きにしろよ。どうせ俺には決定権なんてないんだからさ」
巫女から視線を逸らし、子供のようにふてくされる。無意識に向けた視線の先にはバルコフを膝上に置いた鰻子がいた。
その鰻子がニコニコと笑ってる。
「二人の仲が良さそうと鰻子は嬉しいんだよ」
「ハァァァァァァァイッ!?」
俺は今の鰻子の発言がとても不快だったことを全力で表現した。
「鰻子、悪いがそれは勘弁してくれ。俺とこいつが仲が良いわけないだろ。加害者と被害者なんだぞ!」
「そんなことを言われても鰻子は困るんだよ。鰻子がそう思っただけだから、あまり気にしなくてもいいんだよ。ね、バルコフ?」
鰻子が膝上のバルコフの頭を撫でた。
「ミコツンデレ! ミコツンデレ!」
突然バルコフが吠える。
するとすかさず巫女は――バンッ!
バルコフに銃弾をぶち込んだ。
「キケンキケン!」
撃たれたバルコフは危機感に煽られて部屋を走り回る。
そんなバルコフに迷いなく巫女はバン! バン! とさらに二発の銃弾を撃った。急所に当たったのか、バルコフは床の上に引っくり返る。その姿を見た鰻子はあたふたとしている。
「どうやらどこかの回線がイカれてたみたいね。そのまま死んだフリを続けるなら、分解して一から作り直すわよ」
熱気を帯びるほどの怒りを露わにした巫女。俺には禍々しいオーラのようなものも見える。
「ミコカミサマ! ミコカミサマ!」
頑丈に改良されたおかげか、バルコフは何とか無事だったようだ。巫女に媚びを売りながら、体を震わせて鰻子にすり寄った。
「巫女、銃でなんて撃ったらまたバルコフが壊れるんだよ」
バルコフを守るように抱き締めて鰻子が巫女を注意する。
「バカね、これはショック療法って言うのよ。心配しないでも、もう撃たないわ。ただし、次は無いわよバルコフ」
ちょっとした小動物なら失神させてしまいそうなほどの鋭い睨みでバルコフに釘を刺す。バルコフはカスタネットのようにアゴを激しく揺らしながら首を縦に振っていた。
感情豊かな奴だな。
「まったく、馬鹿が多くて困るわ」
頭を銃口で掻いた後、巫女は拳銃をフードの中に入れ、キッチンへと向かう。そして冷蔵庫を開けて、「……」無言で中を物色している。
何を食べるのかを悩んでいるのかな?
俺は静かに巫女を観察する。
結果、巫女が冷蔵庫の中から取り出したのはきゅうりだった。ごく普通のきゅうりを一本手に取り、何も付けずに生で食べ始める。
ワイルドだな。
「せめてマヨネーズくらいつけろよ」
要らぬお節介だと分かっていても、思わず口に出してしまう。きゅうり一本丸ごとを生で食べるやつなんてカブト虫以来に見た。好きな人は好きなんだろうけど、俺は苦手だ。
「うるさいわね。野菜は生で食べるのが一番なのよカス」
ボリッと良い音を立ててきゅうりをかじる。
「巫女は料理するのが面倒くさいんだよ。いつも研究ばかりで、素材のままで食べる癖がついちゃったんだよ」
きっと巫女にとっては余計なお世話なのだろう事実を鰻子が丁寧に教えてくれた。
「何だ、ただ料理が出来ないだけなのかよ。何が生で食べるのが一番だってばはぁ!?」
突如彗星のごとくカボチャが飛んできた。
どこぞのアンパン男のように、俺の顔と入れ替えるかの勢いでカボチャが衝突してきたのだ。
「いッッッてぇぇぇえ゛!?」
ゴロゴロと床に転がるカボチャと一緒に俺も転げ回る。
今日一番の痛みだ。
つまり人生最大の痛みが俺を襲う。
頭から血が出てない?
頭から血が出てない?
頭から血が出てない!?
てか頭ちゃんと付いてる!?
「こらカス」
頭部からの流血を心配する俺をお構いなしに、キッチンから出てきた巫女が言う。
「この人類史上最高の頭脳を持つ超絶天才な私に対して料理が出来ないなんて失礼よ。心外よ。人権侵害よ!」
人権侵害はそっちだよ!
「ててて……ったく、別に俺は料理が出来ないことが悪いなんて言ってねえだろ」
「ちょっと待ちなさいよカボチャ野郎。なに私が料理できないことを前提に話してるわけ?」
巫女が詰め寄る。
答えても答えなくても、俺の辿る結末は同じとしか思えない。なので俺は思ったことを正直に伝える。
「だってさ、キッチンに調理器具とか皿とか一切無いじゃないかよ。料理が出来る人ってのは、普通フライパンや鍋くらいは持ってるだろ」
「何よその偏見。調理器具が無いイコール料理を作れない人間と断定するというその浅はかな推察力、愚かとしか言いようがないわね!」
ビシッと俺を指さした。
「てことはお前は調理器具も無しで料理が作れるってことなんだな?」
「上等よ。今すぐに作ってあげるわ」
巫女自身が言ったことを改めて俺が訊くと、負けず嫌いなんだろう巫女は鼻息を荒げて冷蔵庫に向かった。
で、巫女が冷蔵庫から取り出したのは、先の尖ったノズルが付いた容器に入っている蜂蜜である。
巫女はその蜂蜜を持ったまま俺のもとへ戻って来ると、床に転がっていたカボチャの上にドバドバと蜂蜜をかけ始めたのだ。
ドバドバドバドバドバドバドバドバ。
カボチャの上に蜂蜜が滝のように流れる。
「……」
そして、目の前の惨劇に呆然としていた俺に向かい、空になった蜂蜜の容器を持つ巫女が、
「さあ……」
容赦なく言ったのだ。
「食え」