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只今、監禁中です。  作者: やと
第二章 監禁生活のはじまり

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15


「わ!」


 バルコフがあぐらをかいていた俺の足の上に飛び乗ってきた。

 当たり前だが、金属ボディの触り心地は最悪で、これぞロボットという冷たさを帯びていた。

 生き物のように動くが、到底生き物とは呼べない物体である。


「バルコフ! バルコフ!」


 俺を見ながら吠えてる。このロシアとかにいそうな名前の鳴き声はどうにかならないものか。


「なあ鰻子、何でこんな変わった鳴き声なんだ? これって自分の名前を吠えてるんだろ?」


「んー。正確にはバルコフって吠えるからバルコフなんだよ。それと、バルコフは他の言葉も話せるんだよ」

「他の言葉?」

「うん。バルコフ、今はどんな気分なんだよ?」


 鰻子は体を屈めて、バルコフの体を人差し指で突付いた。


「ゲロ! ゲロゲロ!」


「ゲロゲロ? 何言ってんだこいつ、何か意味があるのか?」


 きっと空耳で聞こえたままではないだろうと、言葉の真意を鰻子に訊いてみる。


「気持ち悪いって言ってるんだよ。金也のことが気持ち悪いのかもしれないんだよ」

「なんだこいつ、スクラップにすんぞ」


 両手でバルコフを持ち上げて、激しく体を揺さぶった。


「インカガス! インカガス!」

「何だ、また何か変なこと言ってるぞ」


 また新たな言語を吠えたバルコフ。俺は答えを求めて鰻子を見た。


「危険だって言ってるんだよ。揺さぶるなと言っているのかもしれないんだよ」

「へー、危険を察知する能力もあるんだな」


 こいつは思っていたよりも高性能ロボットなのかもしれない。鰻子を造った巫女が作ったのだから、当然と言えば当然か。


「こらボケカス。また壊したら両乳首に銃弾ぶち込むわよ」


 寝癖を直した巫女が洗面所から出てきた。意外と身だしなみには気を遣うタイプみたいだ。


「壊す気はないよ。ちょっと揺らしただけだしな」


 俺はこれといった意味も持たずに、自然と返事をした。


 それに対し、「……」


 何か問題があったのか、口を開けた巫女がジッと俺を見つめてくる。


「何だよ?」

「お前、馴染んだわね」


 グサッと、巫女の言葉が俺の心臓を貫いた。


「馴染んでねえよ!」


 ショック死をしそうなほどにショックだったが、すぐさま息を吹き返し、声を張って強く否定する。

 巫女は両耳を指で塞ぎ、不快そうに眉根を寄せた。


「うるさいのは嫌いって……言ってるでしょ」

「うわっ!?」


 言い方こそは落ち着いていたが、俺の大声に腹を立てた巫女は前触れもなくミドルキックをしてきた。

 しかし、俺も一応剣道の経験があって運動神経は良い。帰宅部よりは反射神経や動体視力が良いと自負している。

 巫女の右足が床を離れた瞬間に、頭めがけて蹴りが来ることを察知した俺は、反射的に頭を下げてミドルキックを回避した。


「ふ、甘いなぶばっ!?」


 油断した俺の頬骨を砕く勢いで、避けたはずの巫女の右足が顔面を強打した。

 こいつ、蹴りを空振りした勢いのまま体を回転させ、また俺の顔面めがけてミドルキックをしやがった。


「ぐおお……」


 顔を押さえながら身をくるめ、強烈な痛みに悶える可哀想な俺。


 そんな俺に巫女が、「乳首出せ」


 や、やられる!?

 今体を起こしたら確実に乳首が撃たれて空洞化される!?


「嫌だ、絶対に乳首撃つ気だろお前!」


 丸まったダンゴムシのような体勢で巫女の要求を拒否した。


「別に撃ちはしないわよ。摘んで捻ってもぎ取るだけよ」

「もぎ取る!? 野いちごじゃねんだよ俺の乳首は!」


「んふ。笑わせんじゃないわよカス」


 口を閉じて鼻で笑い、巫女は俺に背を向けた。肩を揺らしている様を見るに、どうやら笑いを堪えてるようだ。


 ……。


 しばらくして。

 巫女は何かを思い出したように「あ!」と、人差し指を立てる。


「ところで、今日のお願い事は決まった?」

「あー……」


 そんなルールがあったなと今思い出した俺が、当然決めているはずもなかった。しかしこれまでの経験上、適当な返事をすれば俺にとってろくなことはない。

 すでに何度も頭部に強い打撃を食らわされている身としては、もうこれ以上攻撃をされたくはないわけだ。

 よって、俺は真剣に願い事を考える。


 どうせ願うなら、この部屋からの脱出に役立つようなことを願いたいが、最初はどの程度の願い事を聞いてくれるのか、探りを入れた方がいいか。


「十……九……八……」

「ちょ!?」


 巫女のカウントダウンが始まった。


「おい、焦らすんじゃねえよ!」

「七……六……」


 聞く耳持たず、巫女はカウントダウンを続ける。

 巫女は現時点で拳銃を持っておらず、一体カウントダウン後に何が起こるのか想像も出来ない。

 ただ、俺にとってろくでもない事が起きるのは確定的だ。


「五……四……」


 どうしようどうしよう。

 願い事なんて山ほどあるけど、今ここで叶えてもらえそうな願いなんてないし、思い付かない。

 困惑する俺は、何かヒントはないかと周りに目をやった。


「?」


 発見したのは俺をジッと見つめる鰻子とバルコフだ。


 こっち見んな!


「三……二……」


 先ほどキスをした記憶から派生して生まれた妄想のせいで、絶対に口にしてはならないような願い事ばかりが思い浮かぶ。


 ハァハァ。


 ハァハァ。


 ……。


 ヤバい、色んな意味で俺がヤバい!


「いーち……」

「布団が欲しい!」


 錯綜する情報が脳内で入り混じった結果、俺はこの監禁事件を受け入れたとも解釈されかねない願い事をしてしまった。


「分かったわ、布団ね。ベッドじゃなくて布団を選ぶなんて、何ともまあ日本人らしいじゃない」

「あ……はい」


「正直、布団の予備くらいは鰻子の部屋に行けばあるんだけど、せっかくお願いをしたんだから、超高級羽毛布団を買って来てあげるわ」


 いらねえ。

 そんなところに気を遣うくらいならもっと他に気を遣うところがあるだろと言ってやりたい。


「あ、ちょっと待ってくれ。出来ればその予備の布団でいいから、今の願い事をキャンセルしてくれないか?」


 公園のベンチや路上でも難なく爆睡してしまう俺に高級羽毛布団なんて不要である。


「黙りなさい。自分の言葉に責任を持てないような奴はどこに行っても嫌われるわよ。男に二言は無いをモットーにして生きることねカス」


 語尾のような『カス』を強調して言った。


「……分かった。じゃあそうするよ」


 キャンセルは不可か。これ以上無理に頼めばキャンセル料が高くつきそうだから、止めておこう。


「じゃ、早速用意してあげましょ」

「なんだまた出るのか?」

「寂しがらないの。すぐに戻ってくるわ」

「寂しくなんかねえよ」

「あっそ」


 鼻で笑い、三度巫女は部屋から出て行った。


「ハナノキンヨウビ! ハナノキンヨウビ!」


 玄関扉が閉まると、バルコフが走り回りながら何か吠え始めた。花の金曜日と言っているように聞こえるが……。


「鰻子、これはどういう意味?」

「遊ぼうって意味なんだよ」

「なるほど」


 何となくバルコフ言語が理解出来てきた。

 分かってきたからこその疑問だが、どうしてこんな回りくどい言い方をさせるように作ったのか理解に苦しむ。


「でも遊ぶって何をして遊ぶんだ。ボールでも投げればいいのか?」


 ガブッ。


「いってぇ!?」


 突然バルコフが俺の鼻に噛みついてきた。歯が無いのは幸いだったが、噛む力が強くて反射的に頭を振ってバルコフを払う。


「てて、何すんだ急に?」


 鼻を手で押さえながらバルコフを睨む。


「カクカクシカジカ!」

「何だって!?」


 神速で鰻子に訊いた。


「カクカクシカジカだよ」

「まんまじゃねえか! しかも意味分かんねえし!」


 何だか鰻子が適当に翻訳している気がしなくもないが、バルコフが俺を嫌っているのは間違いない。


「なんか俺に恨みでもあんのかよそいつ?」


 当然抱く疑問だった。これで俺を好いているとなればなかなかのツンデレである。


「オウサマバルコフ!」

「この家に男は俺だけでいいって、言ってるんだよ」


 こいつオスだったのか。


 しかし、「それってようは嫉妬だろ? ペットロボット如きが偉そうに」


 ガブッ。

「いっってぇ゛!」


 またバルコフが俺の鼻に噛みついてきた。今さらだが、こいつ俺の言葉をちゃんと理解しているようだな。


「こんのっ!!」


 我慢の出来ない痛みに腹を立て、俺はバルコフ掴んでバコッ――と床に思い切り叩きつけた。


 その結果、「バル……コフッ」


 バルコフは不自然に停止した。

 ピクリとも動かないバルコフを心配し、鰻子が優しくボディを揺らす。だが、一向に動く気配はない。


「あわわわわわ」


 もちろん、俺の頭は壊れたという不安がよぎる。その恐怖に目ん玉は白目にもなる。

 直したばかりのバルコフを壊してしまった。巫女は絶対に許してはくれないだろう。きっと何かはされるのだろうけど、それが何なのかが分からない恐怖が俺の不安を煽ってくる。


「バルコフがまた死んじゃったんだよ」


 そんな助けを請うような潤んだ目で俺を見ないでおくれ。色んな意味でバルコフの後を追ってしまいかねない状況なんだよ俺は。

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