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バイト終わりの午後七時頃。
久々の日勤だった俺はこの日、都内のカラオケ店にて三対三の合コンをしている。合コンを開いたのは昔の友人で、正直なところあまり仲が良いわけではないが、合コンとあらばすかさず俺は参加をする。
「どうも! 俺の名前は神田金也、二十歳でーす! 特技は剣道、無宗教なのに断食です。よろしくお願いしまーす!」
バイト先のおばちゃんは俺のことを売れ残りのイケメン、或いは男の中の男と呼んでいる。
流行りに流されない無個性の黒髪ショートヘア、身長は国内平均値の一七三センチの痩せ型。
着ている服はダウンジャケットにプリントTシャツ、紺色のデニム、靴底の磨り減ったスニーカーで、友人からはよく中学から進歩が無い一途なファッションセンスといじられる。
「よ、よろしく……」
「テンション高いですね……」
俺のハイテンションに若干女子が引き気味だが、高揚したこの気持ちを抑えることは難しい。
というのも、今日来てくれた女の子の中に超絶可愛い子がいるのだ。もう完全に俺のど真ん中ストレートタイプな女の子で、今ままで脳内に描いていた理想の女性が目の前に現れたのである。
「私は、本間巫女です。よろしくお願いします」
美しき彼女は一人だけ優しく俺に微笑みかけてくれた。
ミディアムストレートの黒髪、白い肌はきめ細かやかでなめらか、大きな二重まぶたの瞳は薄茶色、桃色の小さな唇は艶光り、程よく高い筋の通った鼻は芸術のようだ。
西洋人ぽいということもなく、黄色人らしくもない不思議な造形美。顔のパーツ全てがバランス良く整っており、これ以上の美女像が想像できないほどに美しい。
純白のワンピースを着ている彼女は手足もスラリと長くて、その風貌には一切の欠点が見当たらない。
見れば見るほど彼女は俺の理想像を超えていて、好きにならないのは逆に失礼に値するだろう。
おそらく、友達二人も彼女に一目惚れしているはずだ。明らかに視線を向ける数が多い。
他二人も間違いなく可愛いのだが、巫女ちゃんが圧倒的な美女がゆえに、残念ながら引き立て役にしかなっていない。
「巫女ちゃんてさ、俺と同い年なんだよね?」
運良く巫女ちゃんと隣同士に座っていた俺は、とにかく情報を引き出そうと話しかける。
「は、はい、二十歳です」
頬を赤らめて、視線をテーブルに向けたまま巫女ちゃんは答えた。どうやら彼女も緊張しているらしい。たどたどしい感じが可愛い過ぎる。
「ら~ら~」
俺のチャラい友達が十八番のラブソングを歌い始めるが、端から俺の耳は奴の歌声など聞くつもりはない。巫女ちゃんとの会話を愉しもうと、再び声をかけた。
「あ、あの……」
「はい?」
巫女ちゃんと目が合った瞬間、俺は口詰まる。
可愛いことは重々分かっているのだけど、まともに目を合わせていればどうしても緊張してしまうし、顔は熱を帯びてしまう。
巫女ちゃんに顔を見られることが、まるで自分の裸を見られているかのように恥ずかしく感じる。
酒でこの赤面を誤魔化したいところだが、生憎俺が頼んだのはドリンクバーだった。
「どうしたんですか?」
「あ! ごめん。巫女ちゃんて、何か趣味とかあるの?」
気を取り直して会話を仕掛ける。作戦なんてない。理由はそう、俺に作戦を練るような頭はないからだ。
「そうですね。読書とか……ですかね」
読書か……俺は漫画以外の本は読まないから、この話を広げるのは難しそうだ。
「他には何かないの?」
「……あとは、射撃とかですかね」
「射撃!?」
これは予想外の返答だ。
俺のハートはもう撃ち抜かれていますけどもね!
「射撃って、一体どんなの? 猪とか撃ってんの?」
「んふ、射撃と言ってもゲームですよ。よくゲームセンターとかであるじゃないですか、ゾンビとか撃つやつ」
鼻で笑い、右手で銃の形を模して説明する。
「へー。ゲームとかするんだ。何となくそういうのはしないと思ってた」
「神田くんはゲームとかするの?」
「うん、まあ嫌いじゃないよ」
「どんなゲームが好きなの?」
「えっと――」
会話は弾み、俺の口角はずっと上がり続ける。
こんな子が毎日一緒にいてくれたら、どんなに幸せなのだろう。
巫女ちゃんはすこぶる美人だけど、絶対に三日以上経っても飽きることはないと思う。もはや芸術作品だ。整形でも到達できないクオリティは感動すら覚える。
ああ……こんな可愛い子と一緒に夢の国でデートとかしてみたい。お姫様を連れて夢の国なんて、まさに夢のような話だ。
なんてさ、まだ何も始まっちゃいないのに、俺の妄想は膨らむ一方だ。
「……」
彼女に見惚れ、呆然とする。
「神田くん、聞いてる?」
「え!? あ、ああーっと、うん。なんだっけ?」
あぶねえ。
妄想でマウス兄さんと一緒に写真撮ってた。
「そ、そうだ! 巫女ちゃんも何か歌おうよ。一人で恥ずかしいなら誰かと一緒に歌えばいいし」
カラオケのリモコンを手に取り、話を変えた。
俺の今までの経験上、美女ほど傍観者を気取って歌を歌いたがらない。
しかし、どうせ後々皆が歌うしかない空気になるんだ、歌うなら早い方がいいだろう。なんてことを考えながら、俺はリモコンのタッチパネルを指先で叩いていた。
すると、巫女ちゃんが俺との距離を詰めるように体を寄せ、耳元でこう呟く。
「歌なんかより、二人で外に行きませんか?」
耳に吐息がかかり、背筋がゾッとした。