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只今、監禁中です  作者: やと
第二章 監禁生活のはじまり
19/188

13


「金也、何かして遊ぶんだよ」

「ちょっと待っててくれ。トイレに行ってくる」


 立ち上がり、鎖を引きながらトイレへと向かう。

 トイレの場所は玄関を正面にした廊下の左側にあるのだが、まずはそこを一度通り過ぎて鎖の長さを確かめた。

 行くことが出来たのは靴を脱ぐ三和土たたきの前までで、足を伸ばしてもドアノブには絶対に届かない距離だ。


「トイレはそっちじゃないんだよ」


 振り向くと、目を光らせた鰻子が俺を監視していた。

 俺は苦笑いしてごまかし、トイレの中に入る。

 トイレの中は綺麗だったが、洋式のハイテク便器以外は特に気になるような物は無く、用を足してすぐにリビングルームへと戻った。


 俺は真っ直ぐ柱の方へは行かず、部屋の右空間へと足を進ませる。

 鎖が届いた距離は広い部屋の中央やや右寄りの場所までだった。ソファーやベッドやテレビやタンスなどには触れられる可能性すらない。


 よく計算して鎖を用意したもんだと思う。本当に気まぐれで俺を監禁したのかを疑いたくなる程にな。

 確認を終えたところで柱付近に戻り、床に尻を着いた。


「金也、何をして遊ぶんだよ?」


 さっそく膝をハの字に曲げて床に座っている鰻子が訊いてくる。


「先にご飯を食べてからな」


 正直、鰻子は面倒くさい。

 俺は適当に話を流しつつ、床に置かれたクリームパンの袋を開け、一口かじる。

 腹が減っては何とやらだ。いざという時の為に、食える時に食っておかないとな。


「金也。鰻子とお話するんだよ」


 鰻子は頭をメトロノームの針みたいにゆっくりと揺らしている。


「別に話すことなんてないよ」と、俺は口の中のパンをジュースで流し込んだ。


 鰻子には悪いが、俺はもう馴れ合うつもりはない。

 見た目は人間だとしても、中身が機械だと分かった以上、妙な情を湧かせることもないだろう。

 所詮は機械で動く鰻子に心なんて無いんだ。惑わされてはいけない。

 変に情を移してしまうと、逃げ出せる時に逃げ出せなくなるからな。それも巫女の作戦なのかもしれない。

 あと、下手に話してたら電気を流されるかもしれない──俺は今、自分のことだけを考えていればいい。


「……グス……」

「?」

「ぅう……」


「え……」


 鰻子が、泣いてる。


 ポタポタと、涙を流してる。

 鼻先を赤くして、鼻水をすすり、肩を揺らしているその様は人間以外の何者でもなかった。

 透明で綺麗な涙はただの水なのかもしれないけど、簡単に割り切れる光景ではない。

 機械だと思い込もうとしても、俺の脳はそれを許さなかった。


「お、おい。突然どうしたんだ?」


 馴れ合わないようにしようと心に決めた途端にこの様だ。意志の弱さは昔から成長しない。

 俺は思わず鰻子を心配してしまう。


「グス……鰻子は、金也に嫌われたんだよ。金也に嫌われたら、鰻子はただの鉄くずなんだよ。大型ゴミなんだよ」


 腕で目をこすりながら自らを蔑む。悲哀が溢れ出る鰻子の姿に俺はうろたえた。


「いや、え、ちょ、鰻子……」

「グス……鰻子は馬鹿だから、銃弾の盾になるしかないんだよ。ただの頑丈な鉄の塊にすぎないんだよ」


 切ねぇぇぇぇぇぇ!!

 こいつまるで自分の価値を分かっちゃいないよ。

 二足歩行のロボット開発で苦労している大企業の技術者達が、全員ショック死してもおかしくないような存在なんだぞ。

 それに大型ゴミなんかで捨てたりなんかしたら大事件だ。確実に殺人事件として捜査が始まっちゃう。


「そんなこと言うなって、お前は鉄の塊なんかじゃねえ!」

「グス……。慰めはいいんだよ。鰻子はちょっくらベランダから飛び降りてみるんだよ」と、おもむろに立ち上がる。


「待てえええい!」


 明らかにベランダへ出ようとする鰻子を止める為、俺は食いかけのクリームパンを床に投げ飛ばして腰を上げる。


「ちょちょちょっ、バカなことを考えるんじゃねえ! 人間生きてりゃ良いことあるって!」

「鰻子は人間じゃないんだよ」

「もう貴方は人間です! 自信持って!」


 俺は鰻子の前に立ちはだかり、ベランダへの道を塞いだ。


「大体な、別に俺はお前を嫌ってなんかないし! 」

「……でも、さっきあからさまに鰻子を煙たがるような態度をしていたんだよ」


 愁眉を見せ、俺の表情を窺うような目で見つめてくる。


「……」


 俺は素直に驚いた。鰻子は人の表情や空気まで読めるということだ。


「いや……それは、ごめんな。少しナーバスになってただけだ」

「ナーバスって何だよ?」

「神経質になってただけ……とにかくだ、俺は鰻子を嫌ってなんかいないってこと」


 アンドロイドという認識に固執する意味はないのかもしれない。

 人の表情や仕草から感情を読み取ることが出来るのは、間違いなく人以上の能力だ。

 生き物の定義は良く分からないけど、鰻子を〈物〉とする考え方は現代でも時代遅れのような気がする。

 それに小さい頃、テレビ画面を通してそれを教えてくれていた猫型ロボットがいたことを思い出した。

 このレベルの存在はもはや機械ではなく、新たな知的生命体と認識すべきだろう。

 もう人間でいいや。かなり頑丈な人間。


 いや、かなり頑丈で可愛い人間だ。

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