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「へいタクシー!!」
幸運にもタクシーはすぐに見付かり、俺は後部座席に乗り込む。
「あ、お客さんはこの前の……」
タクシーの運転手は、この前花村と手錠で繋がれた時に乗ったタクシーの運転手だった。
「確か、花村結城さんの……彼氏さん?」
「いや彼氏じゃねえわ! とにかく空港行ってください! アメリカに行く空港!」
「空港……ですか? あのー、ここからですとかなり料金はかかりますけど構いませんか?」
運転手からそう聞き、俺は自分の持っていた財布を開けて……絶望した。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
慌てて俺は自分の服にある全てのポケットに手を突っ込む。すると、奇跡が起きた。
なんと上着の内ポケットから札束が出てきたのだ。
着ている服は花村に買って来てもらったジャージである。最近はずっとこの上着を着ていたわけだが……確か、このお金は巫女が入院する時、万が一の為にと京香から貰ったものだ。
「これだけあれば足りますか?」
札束全部を運転手に差し出した。
「は、はい。これだけあれば問題なしです」
「じゃあ空港までお願いします! 出来る限り急いでください!」
何とかタクシーは発進したが、間に合うかどうかは分からない。巫女が何時に出たのかも分からないし……頼むから俺が着くまで待ってくれ。
だが、もちろん俺の逸る気持ちでタクシーが光速化するはずもなく、時間はどんどん過ぎていき、感覚的には秒の早さで分が刻まれていくようだった。
それでもタクシーの運転手は俺の願い通りに出来る限り急いでくれ、巫女のマンションを出て一時間程度で空港へと着く事が出来た。
「ありがとうございました!」
「いやお客さん! お釣りは?」
「残りは全部あげます。娘さんに何か買ってやってください。それじゃ!」
「ええ!? いや、ちょっとお客さん!」
とにもかくにも巫女に会いたい俺は空港の中へ駆けて行く。空港に来たのは生まれて初めてで、どこに行けばいいのかまるで分からない。
クリスマスのせいか人も多いし、自由に駆け回ることも難しい。ターミナル内をひたすら彷徨い、最終的に自分がどこにいるのかすら分からなくなった。
ヤバイ……。
と、思った矢先、目に入ったのは黒いスーツを着た集団。もしやと思い、俺はその集団のそばに駆け寄った。
「金也さん!? どうしたのですか?」
最初に俺に気付いたのは杉内さんだった。やはり八島組の連中だ。
「金也だよ!」
八島組だけじゃなく、鰻子まで一緒にいるではないか。
「バルコフ!」
鰻子の肩から提げているカバンの中からバルコフが顔を出した。
鰻子は俺に抱きつき、「鰻子だよー」胸に顔を当ててグリグリと動かす。鰻子にまた会えたのは嬉しいが……肝心の巫女がいない。
「金也さん。もしかして、巫女さんを見送りに来たのですかぁ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは黒い着物を着た京香である。
「いや、うん。どうして皆ここに?」
「巫女さんから連絡がありましたので、皆でお見送りに来たのですよぉ」
「そうか。それで巫女は?」
「お手洗いの方に」
良かった。
間に合ったようだな。
「分かった、ありがとう。鰻子、また後ですぐに戻ってくるから、ちょっとここで待っててくれよ」
「分かったんだよ」
抱きついていた鰻子を体から離し、ここに来る途中で見かけたトイレに向かって歩き出す。再び人混みを掻き分けながら、巫女を求めて進んでいく。
「あ……巫女!?」
「あら、何してんのよ?」
トイレに向かっている途中で巫女と鉢合わせた。
不意な再会に驚く俺とは対照的に巫女は特に驚いた様子はない。
もしかすると、俺がここに来るかもしれないという事くらいは予想していたのかも。……いや、何だか巫女の目を見てると、ここまで来るのを仕向けられたような気もしてきたぞ。
「いやいや、何って──お前さ、普通あんな昔の事は忘れるって」
「ところがどっこい、私は普通じゃないの」
腕を組んで威張って言った。
「そりゃあまあ、そうだけど……とはいえ、忘れてた俺が悪かったよ。ごめん」
俺は深く頭を下げる。次第に周囲を歩く人々は俺と巫女を避けて歩くようになり、二人だけの空間が出来ていた。
「謝る必要はないわ。むしろ覚えてる方が普通じゃないもの」
「いや、俺が悪いんだ! お前は悪くない!」
「もうどっちだっていいわよ。で、わざわざ空港まで何しに来たわけ? お見送りなら京香たちだけで十分よ」
分かってるだろうに、眉をひそめて訊いてくる。
「違うよ……お前を守るって言ったろ」
頭を指でかきながら言った。
「はて、まさか子供の頃に学校の帰り道で言った言葉を私が真に受けているとでも思ってるわけ?」
「それこそどっちだっていい! 俺はお前と一緒に居たいんだ!」
俺の中の自制心、羞恥心は崩壊した。周りの目なんてお構いなし、ただ一人、眼前に佇む巫女の存在のみに集中していた。
「一緒に居たい? 私と?」
「……そりゃあ頼りないと思うし、無職だし、馬鹿だし、今の俺は何も無いに等しいけど……。これからは死ぬ気で頑張るよ! だからさ、一緒にいるくらいは……駄目か?」
「どうしようかなー」
巫女は斜め上に視線を動かして微笑む。
「ずっとそばに居るよ! お前がどんなにわがままでも、どんなにめちゃくちゃでも一緒に居てやる! いや、居させてくれ! ください!」
「迷うなー」
巫女は斜め下を見ながら口を尖らせる。
「俺がお前の薬になるから、たとえ治療薬じゃなくても、痛み止めくらいにはなってやる!」
「それって、どういう意味?」
「……お前が好きなんだよ。なんかもう、その……めちゃくちゃお前が好きなんだ!」
「聞こえない」
このやろ。
「お前が大好きだ!!」
公然と恥じる事もなく巫女に告白した俺を見て、周囲を歩く人間はにやにやと笑っていた。携帯電話で撮影している奴もいたが、んな事はどうでも良かった。SNSにアップするなら好きにしろ。
俺はただただ、正面に立つ巫女の言葉を俺は待っていたのである。
……。
「私も好きよ」
「え……お、おう」
面と向かって言われると、もの凄く嬉しいと共に恥ずかしかった。まもなく周りから起きた小さな拍手が俺の顔をより赤くさせる。
「あ……あのさ巫女、今日のお願いしていいか?」
「なに?」
「お前と一緒にアメリカに行きたいと言いたいところなんだけど、パスポート持ってないからもう少し日本にいてくれないかな?」
「アンタ馬鹿じゃないの?」
間髪を容れずに巫女は言う。
「え、駄目?」
「そんな事あたり前じゃない」
「へ?」
「もう言葉なんて要らないわ」
巫女は左手の人差し指と親指を伸ばし、拳銃のような形をした手を俺に向ける。
「いいからさっさと抱きしめなさいよ」
最高の笑顔を見せて、
「吹き飛ばすわよ!」
END