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「話なら私が伝えましょう。何ですか?」
「いや、自分で話すから、ここ開けてくれよ」
「嫌です」
「何でだよ。じゃあ巫女に俺が来てるって伝えてくれよ」
「嫌です」
「おいおい。今伝えるって今自分で言っただろ」
融通の利かないミコリーヌに苛立ってしまう。
「……一体何をしに戻ってきたというのですか。巫女が貴方を追い出したのは、もう貴方に用も興味もないからです。今さら会う意味がありません」
もの凄く拒絶されてるが、これは多分巫女の意思とは無関係で、ミコリーヌの個人的な感情によるものだろう。せっかく花村に背中を押されて意気込んだのに予想外の足止めをされちまったな。
「俺には会いたい理由があるんだ。頼むからここを開けてくれよ」
「嫌です。貴方が来てから、巫女は不安定になりました。今回の事も、きっと貴方が原因なんです。もうこれ以上巫女に関わらないで下さい。巫女が貴方に行った事の数々は私が代わりに謝罪しておきます」
「おい待ってくれよ! それは巫女が言ってるわけじゃないんだろ? 頼むから話はさせてくれって。それにこの足枷だって外してもらわないと駄目だし、鰻子にも会いたいんだ」
「……確かに。鰻子は貴方が出て行ってから元気がありません。でも……それでも私は貴方を通したくはありません」
頑なに俺を拒むミコリーヌ。
だけどこのまま諦めて帰るわけにもいかない。
「じゃあもういいよ。外の壁よじ登って非常階段から上がるから」
不法侵入はパパラッチが出来たくらいだ。俺にも出来るだろう。
……。
「?」
入り口に体を向けた瞬間、エレベーターへと続く後ろの自動ドアが開いた。これはミコリーヌが開けてくれたと解釈していいのか……な?
「と、通るぞ」
うんともすんとも言わないので、罠を警戒しつつゆっくりと進んで行く。エレベーターの前まで来てもミコリーヌの反応は無し。
でも一応、「ありがとな」礼を言う。
とは言っても、ミコリーヌに対して警戒を解くわけでもない。このままエレベーターに乗って中に閉じ込められでもしたら大変だ。
面倒ではあるが、俺は非常階段で上る事にする。
「はあ……はあ……」
望宝神社の階段に鍛えられたものの、やはり楽なわけはなく、太ももを痛めながらゆっくりと上って行く。
そして、「ふう……」
巫女の部屋の前まで辿り着く事が出来た。
汗もかいて、体も熱い。あとはインターホンを押してしまえば、俺の人生は良くも悪くも確実に変わる。今立っているこの場所こそが、俺の人生最大のターニングポイント。分岐点だ。
大袈裟な感じなのは否定しないけど、俺にとってはインターホンを押すのにそれだけの覚悟が必要だという事だ。
「はー……ふう……」
時間が経つほど押しにくくなるのは分かっているので、深呼吸をして、インターホンに人差し指を乗せた。
「――どべっ!?」
まだインターホンは押していないのに、玄関扉が勢い良く開いて俺の顔面に強打する。俺は顔を押さえて悶絶。
「いってええ……」
「あ、金也だ!! 今探しに行こうとしてたんだよ! どこに行ってたんだよ!!」
「痛い! 痛いって!」
部屋から出てきたのは鰻子で、俺を認識するやいなやバシバシと手のひらで頭を叩き追い討ちをかけてきた。俺が出て行った事に相当お怒りのようだ。
「鰻子に黙って出て行くなんて駄目なんだよ!」
「ごめん鰻子! もうどこにも行かないって!」
「ほんと?」
叩く手を止めた。
「本当だ。でもその前に、巫女に話しがあるんだ……」
顔を上げると、「私に何の話があるって?」鰻子の後ろから巫女が姿を見せた。
その姿は特に変化なく、俺を強く拒絶するような表情でもなく、思っていた以上に普通だった。
「あ、あの、あのな。その、あれだ。あのー……」
巫女の姿を見た瞬間に緊張が最大限に上昇する。自分でも何から話そうとしていたのか訳分からなくなり、舌もからまり、目が泳ぐ。
「解放してやったってのにわざわざ自分から戻ってくるなんて馬鹿だとは思うけど。何よ、嫌がらせでもしに来たの? 頭吹き飛ばすわよ」
「違うんだ! あの……話があるんだよ」
「それはさっき聞いたわよ。その内容を話しなさいよボケカス。用が無いならさっさと帰りなさい。私は忙しいの」
「帰ったら駄目だよ。金也は鰻子と一緒にいるんだよ」
良い意味で鰻子は水を差してくれた。鰻子が間にいなければ、巫女に圧倒されて何も喋れなかったかもしれない。
「中で話してもいいか? 寒いし」
「……いいわよ。ただし、下らない話だったらぶっ飛ばすからね」
条件を呑み、俺は部屋の中に入れてもらえた。鰻子は俺の手を握って横を歩く。鰻子自身が切れた鎖の代わりになるようだ。
「キンヤ! キンヤ!」
部屋の中では尻尾を振るバルコフがひたすら吠えていた。何だかバルコフが可愛く見える。
「さてと、話って何よ? 裁判でも起こそうっての?」
巫女はベッドに座って足を組む。俺はその近くまで鰻子と一緒に歩み寄った
。
「裁判なんて起こすかよ。それよりも、大丈夫なのか、体調は?」
「まるで妊婦を心配する夫のような言い草ね。大丈夫よ。余計な考え事が無くなったからすこぶる調子は良いわ」
「そうか。……花村から、何かお前が明日アメリカに行くとか聞いたんだけど?」
「あら、おしゃべり糞野郎な奴ね。今度からペラ男と呼ぶ事にしましょ。でも、伝わってしまったのなら隠す必要もないわ。事実よ。もうアンタも分かっているのでしょうけど、私の脳みそは異常な状態なの。その異常な状態を限りなく正常に戻す為にあっちに行くのよ。こっちよりも知り合いが多いし、大学に行けば相応の環境も整っているから」
「そっか」
そう言われてしまうと、渡米を止めるわけにはいかない。止めるイコール巫女に苦しめと言ってるようなものだからな。
「それでさ。そのー……色々と一人で考えたんだけどさ、まあお前には腹の立つ事もいっぱいされたけど、感謝をしなければいけない事もあるかなと思ったんだ」
「へー。まさに奴隷の鑑のような発想ね。記念にその足枷はプレゼントしてあげるわ。メリークリスマス」
「茶化すなよ。俺は真面目に言ってるんだから。本当に感謝してるんだ。特に親父との事は」
「そう。どういたしまして」
「でさ、まあー……なんつーか。自分でもさ、納得がいかないと言うか、理解出来ないというか、ここから出て行った後、一人でいる自分にものすごく違和感があったんだよな」
「私の崇高なる頭脳を持ってしても話が見えないわ。もっとハッキリと言いなさいよ」
両手をベッドにつき、肩を落として俺を見つめてくる。
「恋愛経験っていうのが無いからなのかもしれないけど、毎回合コンをする度に、ちょっとでも自分タイプの女の子がいると運命の人だ! なんて勝手に決め付けたりしてたんだ」
「そう、めでたい奴ね」
「で、いざその女の子に近づけたりすると、欠点ばかり見えてきちゃって、段々と気持ちが萎えてきて、結局運命の人じゃなかったとか思ってさ」
「そう、最低ね」
「ようは表面的な部分しか見てなかったんだよな。巫女に会った時も初めはそう思ってた。お前がもっとブサイクだったら、俺はここに来る事もなかっただろうし」
「そう、最悪ね」
「でも、改めて思い知らされたよ。人間顔だけじゃないってさ。いくら綺麗で可愛くても非常識で、非現実的で、暴力酷いし、言葉使いも悪い。おまけに知人は変な奴ばっかりときたらお手上げだ」
「真の天才とは個性が強いのよ」
「だからこそ認めたくなかったんだよ。男を鎖で繋ぐ女なんて有り得ないし。そんな事を認めたら、晴れて俺も本格的に変人の仲間入りだ」
「……?」
「でもさ、もういいんだ。理屈なんていらないよな。理由も全然分からないし。それでも、自分の今の気持ちを伝えるよ」
俺は鰻子の手を強く握り、目を逸らさずに巫女を見ていた。
「俺はお前が好きだ」
……。
とうとう、言ってしまった。
俺の告白を聞いた巫女の反応は……「はははははは!!」
大爆笑だった。




