2
「相変わらず最低ですね。奥さんかわいそう」
「ああ……実はさ。嫁も宅配便のお兄さんと浮気してたのが分かってさ、今別居中なんだよね」
ひでえ話だよ。
「めっちゃドロ沼じゃないっすか。バチが当たったって事ですね」
「ま、話を聞くと先に浮気してたのはあっちっぽいけどな。でもまあそんな事は置いといて、今をどう楽しむかが重要だ」
「はは。楽観的すぎ」
「ああ。君もそうなればいい。もっともっと馬鹿になって、また好きな彼女にアタックしてみるんだ。ストーカーとして訴えられるまで頑張れ!」
警察官として言ってはいけないような発言だが、常に前向きな姿勢だけは見習わなければならないな。
「じゃ、俺達は一応仕事中だから」
「はい。頑張ってください」
頑張れと言わんばかりに俺の肩を叩き、二人仲良くパトロールという名のデートに戻った。俺はその背を見ながら、この国の危機感の無さ……平穏さを感じるのである。
「ふう」
気分転換にと散歩に出てみたが、こんな立て続けに知り合いに会うと疲れてしまうな。この流れだと他にも変な再会がありそうだ。
大人しくもう家に帰ろう。
プップー!
「ん?」
家路に向かおうとした俺の横に一台の軽トラックが停まった。クラクションに反応して見ると、窓を開けて俺に手を振る巫女パパがいた。
相変わらずセンターだけハゲている。
「……」
何も見えなかった事にして、俺は歩き始める。
「へい待てユー! 無視をする事はないだろう!」
「うるせえな! なんだよもう!?」
これはきっと神様による『立て続けに変人たちと再会する』罰ゲームに違いない。また神様を嫌いになりそうだ。
「ユー、今暇か?」
車に乗ったまま訊いてきた。あからさまに不機嫌な態度を見せた俺の心情など無関心そう。
「ああ。だけどあなたに構う暇はありませんので」
直感的に何かろくでもない事を頼まれそうだと思ったので、軽くあしらいその場から去ろうとする。
「ヘイユー!! 待て!!」
「ああもううるせえな!! 何なんだよハゲ!!」
突然声のボリュームを上げて叫んだので、俺も同じくらいの声量で返事した。
「ハゲ!? ミーはハゲでいない!! これはオシャレだ」
「お洒落? シャレになってねえよ。ていうか何? 俺に何か用でもあんのかよ?」
「よくぞ訊いてくれた。実は今日から広告チラシのポスティングのバイトを始めたのだが……」
「害虫駆除はどうしたんだよ? そういえば京香の親父が怒ってたぞ」
「ふん。過去は忘れろ。ミーはもう前を向いて生きているのだ。今はポスティングを極める為に日々努力を惜しまず邁進している」
「今日始めたって言ったよな」
「そこでユーに頼みがある」
無視かハゲ。
「実は二人分やるから給料を倍にしてくれと意気込んだのはいいが、思いのほか量が多くて困っているのだ。給料の半分やるから手伝ってくれ。このままではミーの信頼が無くなってしまう」
この上なく、確実に俺にとってはどうでもいいような話に耳を傾けるはずはない。俺は黙ってその場を去ろうとした。
「ヘヘヘイ!! 待つんだユー!!」
「うるせええええ!! いちいち叫ぶなよ!?」
遥か遠くにいる人間を呼ぶかのような大声で叫ぶ巫女パパに負けじと俺も大声で言い返す。すると周囲にいる人間からの注目を浴びる結果となり、辺りは変人が現れたとざわめき立っていた。
「と、とにかく俺は手伝わないからな!」
巫女パパの乗る車に歩み寄り、ふざけた頼みごとを断った。
「それはあまりにも無慈悲だぞユー! ミーは余命三ヶ月と宣告されているのは知っているだろう?」
「いや知らねえよ。ていうか嘘だろ」
「ユーにはそんなボロボロの体にムチを打ってまで家族の為に頑張っている可哀相なおじさんを少しでも助けてやろうという良心は無いのか! ねえ皆さん、どう思いますか!?」
巫女パパはそばを通行する人々に向けて言い放つ。何も悪い事をしていない俺なのに、なんだか背中から感じる視線が冷たい。
「ああ! 分かったよもう! 少しだけなら手伝ってやるよ……」
まんまと巫女パパの狡猾な策略にハマった俺は肩を落とす。
どうせ暇なのは確かだし、何をしていた方が気晴らしになるかもしれない。前向きに考えよう。
「そうか、さすがユー。ではコレを頼むぞ」
巫女パパは車から降り、助手席に置いてあったデカイ紙袋を一袋俺の足元に置いた。一袋と言っても、中にはスーパーや貴金属販売などの広告チラシがビッシリと入っている。
決して少しと思える量ではない。
「おいふざけんなよ。俺は徒歩なんだぞハゲコラ」
「やれば出来るさ。ほらこれは前金だ。残りの半分は今度やる」
いつの間にか車に戻っていた巫女パパが男前にそう言った。ついでに五千円札も貰った。
「いやいや、できねえよ。大体どうやって運ぶんだよ?」
「すまんが、ミーはミーのやることがあるので失礼する」
巫女パパは窓を閉め、俺の文句を聞き流したまま車を発進させた。
「あの野郎……ふざけんなよ……」
結局、巫女パパの思い通りに事が進んでしまったな。だけどお金も貰ってしまったし、暇だし、出来る限りはやってみるか。
「と……おもっ」
紙袋を持ち上げてみたものの、とても長距離を歩いていけるとは思えない重さだった。
「……」
どうしようかと考えている最中、ちょうど目の前に自転車屋がある事に気がついた。ママチャリがクリスマスセールで一台4980円。税込み。
「……」
このままこのチラシを放置しておくのは俺にとって何の損害もないけど、奇しくも良心を持って育ってしまった俺にそんな事は出来ない。
「ありがとうごさいましたー」
したがって俺は受け取った前金でママチャリを買ってしまったのである。どのみち自転車は買おうと思っていたので、間違った買い物ではない。
俺は自転車の荷台にチラシの入った紙袋を置いて紐でくくり付け、いざポスティングへ……って、どこに行けばいいのか聞いてなかったな。
まあどこでもいいか。どんな結果になろうと怒られるのは巫女パパだ。
――と、こうして俺はクリスマスイブという聖なる日に、プレゼントではなく広告チラシをポスティングするのであった。
チラシを配っている最中も、やはり何も考えないというわけにはいかなかった。
自分が無意味な時間を過ごしていることは分かっていたけど、それでも、何かをする理由があるというのは気持ち的にも楽ではあった。
悪く言えば、逃げる口実である。
それでも、最低な、無駄な時間を過ごさないように、今回の事を一度頭の中で整理してみた。




