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次の日、俺は朝から外に散歩へ出ていた。
家の中にいると頭が腐ってしまいそうだったので、気分転換の意味でぶらぶらと道を歩く。
街に来てようやく気付いたのだが、今日はクリスマスイブである。
周りには恋人同士が手を繋いで仲良く歩き、サンタのコスプレをしたアルバイトが必死にベルを鳴らしながらケーキを売っていた。
こんな朝早くから活気のある街に、俺の存在はとても場違いに感じる。
「見て見てー。あの人足に何か付いてるー」
「シルバーアクセじゃね? 俺知ってるんだぜ?」
「何それー。マジ物知りじゃーん」
チャラついた風貌をしたカップルが俺の足枷を見て何やら笑っていた。むしろこちらが笑ってやれるような低次元の会話だったが、思いのほか俺は重症だ。
いつもなら敵意をむき出しにして睨みつけているとこだが、やつらの会話など心底どうでも良かった。
今ならきっと顔面に唾を吐きつけられても怒る事はないと思う。
胸にポッカリと穴が空いた、そんな安い表現が今の俺に合う。
「?……げ」
街中にあるビルの前に設置された大きなクリスマスツリーのそばに大人数の厳ついスーツを着た男達が立っていた。
その中で着物を着た京香を発見した俺は、気付かれる前にこの場を去ろうと背を向ける。
「サムライボーイ!!」
が、視力抜群のペペに発見され、俺は仕方なく振り返る。
目が合ってしまえば無視するわけにもいかず、俺は京香達のもとへ歩み寄った。
「おはようございます金也さん。巫女さんから解放されたようですねー」
やっぱり知ってたか。俺を見つけた時の反応が普通だったからおかしいと思ったんだ。
「まあな。で、八島組総出で何をしてるんだ?」
「見ての通りですよぉ。お願いをしにきたのですぅ」
七夕で願いを書いた短冊を笹に飾るのは常識だが、この目の前にあるクリスマスツリーにも同じような風習がある。このクリスマスツリーを設置しているのはその後ろに建っている子供用玩具の会社だ。
当初は子供達の欲しい物が何かを集計する為、ツリーの横にアンケート用紙を置いたのが始まりだったらしい。
しかし、いつからかその紙に願いを書いてツリーに飾る輩が現れ、次にそれをマネした別の輩が現れ、地元で流行し、今や常識的な風習となってしまったわけだ。
別に願いと書いて叶ったという話は聞いた事ないけど、人々にとってそんなことはどうだっていいのだ。
みんながやっているから──それが最大の理由である。
「意外だな。こういう事するんだ」
「みんなで何かをするのは楽しいですよぉ。金也さんもどうですかぁ? 気まぐれで返り血を浴びた白ひげのお爺さんが願いを叶えてくれるかもしれませんよぉ」
「お前の中のサンタさんは殺人快楽者かよ」
でもまあ確かに、サンタさんに斧とか持たせたら見えなくもないな。暗闇の部屋の中で見つけたら完全にホラーだ。
「どうぞ金也さん」と、杉内さんがペンと短冊を渡してきた。
「ああ、すいません……杉内さんも書いたんですか?」
「もちろん。組の繁栄とお嬢の健康を」
続けて、「私は将軍になりマース!」とペペ。
「もっと大きくなる」と、巨人スキンヘッド。
「喧嘩最強」と、顔面ボコボコの太華。
「鰻子姉ちゃんと結婚」と、大地。
「大地と離婚した鰻子姉ちゃんと結婚」と、京士郎。
「お嬢!」と、その他全員脇役共。
「なるほど。京香は?」
「人類家畜化計画ですぅ」
なんてこった。
「なんて恐ろしい事を願ってんだ。そんなダークな願い事はサンタさんの許容範囲を超えてるだろ」
「だったらサンタの野郎も家畜化するまでです」
背後に悪魔が見えるような笑みを浮かべた。
「お前何目指してんの? 魔王にでもなるつもりかよ?」
「懼れないで下さい。巫女さんとの関わりが無くなろうとも金也さんには多少なりとは情が残っていますので、せいぜい私の足元に置く豚のような扱い程度はさせていただきますぅ」
「無慈悲にも程があるだろ。そもそも豚は足元に置くものじゃねえからな」
クレイジーはさておき、このままずっと八島組の人間といるつもりはないので、俺は適当に短冊へ願いを書いてツリーに飾った。
「『勇気プリーズ』ですか。なんか小便臭い願いっすねー」
俺の願いを覗き見て京香は鼻を摘んだ。
「勝手に見るなよ。……他に思いつかなかったんだ。何よりお前にだけは言われたくねえ」
「だって、思春期のガキが好きな女の子に告白する為に勇気を下さい! なんて神様に願っているような感じがして……あれっ、何かイカ臭いですよぉ先輩」
しかめっ面で鼻を摘んだまま空気を手で払う。
「誰が先輩だ」
巫女の家から追い出された事が原因か、京香の俺に対する扱いがあからさまに悪化してる。このままじゃ本当に豚のような扱いを受けかねない。
「もう俺行くから。じゃあな」
今の暗澹たる気持ちを抱えた状態で一緒にいる連中ではないので、俺はこの場から去ろうとした。
「金也さん」
「ん?」
京香が呼んだので振り返る。
「巫女さんを傷付けたら、ぶっ殺しますよぉ」
公然と殺害予告されました。全てを見透かしたような目が、ムカつくな。
「ああ、気を付けるよ」
なんて事を格好良く吐き捨てて、俺はその場から逃げるように去った。
何をもって巫女を傷つける事になるのかが明確に分かるのならば本当に気を付ける事は出来るんだけどな。
俺はずっと何をしたらイケないのか、何をした結果どういう風な結果になってしまうのかとか、最終的に自分がどうなるのか、そればかりを考えていたからまるで分からない。
そう考えると、俺は自分の事しか考えていなかったようだ。
「おー、元気か?」
「え?」
京香達から離れ、また適当にぶらぶらと街中を歩いていたところ、今度はいつぞやのエロ警察官が現れた。自転車に乗り、不倫相手の彼女とパトロールという建前でデートをしている。
と、俺ってこの人と会って大丈夫だったっけ?
また任意同行とか求められないかな……。
「って、なんだその足の?」
警察官は俺の足枷に気付いて驚く。
「アクセサリーです」
それ以外の嘘は思いつかなかった。所詮俺も先ほどのチャラ男レベルだったということだ。
「へー。変わった物が最近は流行ってんだな。それでどうだ、その後彼女とはうまくいってるのか?」
「え……と、ああいえ、うまくはいってないです」
そういえば好きな女の子にお守りをあげるとかどうとかっていう嘘を付いていたんだったな。結果的に嘘ではなかったのかもしれないけど。
「そうか。だからそんな犯罪者予備軍みたいな顔をしてたんだな」
どんな顔だよ。それだけ切羽詰った顔って事か?
「そっちは仲がよろしいようで」
話を逸らそうと、意味深長に目を細めて言った。
「まあな。今日はクリスマスだし。後で一緒に高級ホテルで食事するんだもんなー」
「ねー」
互いに顔を合わせて笑う。俺は男の馬鹿面を今すぐに奥さんへ見せてやりたい気分だ。
そしてボコボコにされればいいのに。えげつない金額の慰謝料を請求されればいいのに。