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只今、監禁中です。  作者: やと
第十一章 原石

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「何がだ。金也と一緒にいるのがか?」

「違うわ。頭が痛いの。もうずっと、頭の痛みが引かないのよ」


「じゃあどうして大人しく入院してないんだよ。無理をする意味がどこにあるんだ?」

「いる意味がないからよ。どうせ治ることはないんだから」


 まだ治ってなかったんだ。

 ……治らない?


「……お前、まだ何か隠してるだろ?」

 少し間を空けて、花村が言った。


「……私がアンタに何を隠すっていうのよ?」

「友達歴三年をなめるなよ。最近様子がおかしい事くらいは分かってたんだ。でもお前が話さないから俺は訊かなかった。でも、そろそろ話せよ」


「……」

 しばらく、沈黙が続いた。


 そして、「……消えるのよ。記憶が」


「記憶?」

「ええ。三ヶ月前くらいから、ほんの少しだけ物忘れをするようになったの。凡人には分からないでしょうけど、意識を持った瞬間から忘れるという概念を持っていなかった私にとっては、忘れるということそのものが異常な事なのよ」


「それは今もなのか?」

「ええ。最初は人並み程度に物忘れるくらいならいいと諦めていたんだけど、どんどん悪化していってるわ。情けない話よ。最近では前日の出来事を記録しておかないと不安で仕方が無いの。我ながら笑えるわ」


「……金也が言ってたのって、もしかしてその事かな。カセットプレーヤーに巫女の声が録音されていたって」

「んふ。今じゃ録音した事すら忘れる始末よ。その内、アンタの事も忘れてしまうかもしれないわね」


 ……。


「はあ……もうね、昨日何をしていたのか全く思い出せなくなったのよ。これだけ記憶が欠落したのは初めてで、まさかここまで急激に悪化するとは思わなかった。だから、限界だと思ったの。もちろん迷ったわ。でも、勝手だけどこれでいいの」

「良くないだろ。どうして金也に話してやらないんだ? 好きなんだろ、あいつの事が」


 花村から出た耳を疑うような言葉に俺の動悸は激しくなる。


「話したって苦しいだけじゃない。どうせ忘れてしまうのなら、いっそのこと無理やりにでも忘れた方がいいと判断したわけ」

「らしくないな。一人で抱えて苦しむくらいなら、もっと俺達に頼ってくれよ。素直が一番だと言ったのはお前だろう?」


「悪いわね。覚えてないわ」


 ……。


「キンヤ! キンヤ!」

「うわっ!?」


 廊下の壁に張り付いてジッとしていた俺を発見したバルコフが吠えた。完全に油断していた俺は反射的にその場から逃げ出してしまう。


 振り返る事はなく、階段を駆け下り、無我夢中でとにかく走った。逃げる必要はなかったとは思う。


 でもあいつらと面と向かえる状況ではなかったとも思う。今の俺には分からない事が多すぎて、何から考えてよいのかも分からない。

 ただただ、鎖の切れた足枷を付けたまま、俺は脱獄囚のようにひたすら走った。


 走った。



 ――実家へ帰る気にはまだなれず、結局俺は一週間ぶりに自分の住むボロアパートに戻っていた。

 大家さんから聞いた話では、巫女は俺が滞納していた家賃だけ払いに来てはいたようだが、解約なんて話はしていなかったみたいだ。

 ちなみに俺はハワイ旅行に行ってる事になってた。


「はあ……」


 巫女の部屋に比べると十分の一程度の広さしかない部屋の中で、俺は安く薄っぺらい布団に寝そべり天井を眺めていた。何をしていいのか、本当に分からない。

 花村があとで来てくれると言っていた言葉を信じて、俺はただただ待つしかないのだ。

 でも、あいつ俺の家の場所知ってるのかな?


「……はあ」

 溜め息ばっかりだ。


 やっぱり逃げずに、ちゃんと話を聞いておくべきだったのか。


「……はあ」


 記憶が消えるとか、今になってめちゃくちゃ気になってきたぜ。一体どういう事なんだろうな。

 きっとまだまだ、俺の知らないことがあるはずだ。


「はあーあ……」


 何でも自分の思うように行動が出来るはずだってのに、何だ脱力感は?


 何もする気にはならない。かといって眠くも無い。自分の中にストレスが急激に溜まっていくのがよく分かる。


「はぁぁぁぁ……」


 もしも花村が来なかったらどうすればいいんだろう?


 自分からまた巫女の家に行くっていうのはちょっとな……。ああでも財布と携帯電話を取りに行かねえと……いや、家賃も払ってもらったんだから、携帯電話くらい自分でまた買えばいいさ。


「……」


 暇だ。

 というか、うん。


 正直寂しい。日が暮れてきたからってのもあるだろう。というか、俺は家に帰ってからずっと布団の上から動いていないな。

 これじゃあまるで引きこもりニート。


 いや、事実今の俺はニートみたいなもんだ。


 ニート。トイレ。レジ。ジジイ。い、イルカ。カメ。メダカ。カメ。メダカ。かなぶん。


 ……。

 あまりの暇さに、頭の中で適当なことばかり考えるようになってきた。


「ああーっ!!」


 俺はモヤモヤとする鬱憤を晴らすように思わず声を発した。天井に穴を開けるような勢いで、どこにもぶつけようのない苛立ちを乗せて飛ばしてみた。


 ドン! 


「ウルサイヨーッ!」


 隣の部屋に住む中国人に壁を叩かれ注意されてしまう。いつもは逆の立場だったのだから、今日くらいは許しておくれ。ニイハオ。


 ドンドンドン!


 今度は壁ではなく、玄関扉がノックされた。面倒な人だ。ちょっと叫んだくらいでわざわざ苦情を言いに来るとはな。


「はあ……」


 大きく溜め息を吐きつつも、関係が悪化して事が大きくなっては更に面倒なので、俺は重い腰を上げて玄関扉を開けた。


「よっ!」

「……花村!?」


 角刈りの中国人こと陳さんが顔をしかめて立っているのかと思いきや、そこに立っていたのは花村だった。


「本当に来てくれたんだ。仕事は大丈夫なのか?」

「また夜からあるんだけど、金也が寂しくて泣いてちゃあいけないから来てやったんだよ」


 まるで女性を口説いているかのような言い方だが、花村が来てくれて俺は心底安心した。


「ああこれ、財布とケータイ。巫女が抜き取ってたチップは戻してあるからな」


 花村はスーツのポケットから俺の財布と携帯電話を取り出し、俺はそれを受け取る。


「ありがとう。中に入れよ。スターが入るような家じゃないけど」

「大丈夫大丈夫。俺も似たような部屋に昔は住んでいたからさ」


 俺は花村を部屋の中に招き入れる。まさか花村結城をこのボロ部屋に上がらせる事になるとは努々思わなかったぜ。


「さーてと、色々と話しをしないといけないよな。でも、聞いてたんだろ? さっき」


 畳の上に腰を下ろして花村は言った。やはりバレていたか。


「……うん。巫女は、大丈夫なのか?」

「ああ。少なくとも俺が帰る時は落ち着いていたよ。でもその代わり、目を覚ました鰻子が泣いてたよ。金也がいないんだよーってな」


「そっか……」


 泣いてる姿が眼に浮かぶな。


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