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「何なんだ君は……? ちょっと怖いぞ」
「人生ってのは何をもって勝ちなのか、アンタは考えた事がある?」
警戒をする俺にお構いなしで巫女は訊いてきた。
「さあ」
俺は首を傾げる。
「金持ちになる事、夢を叶える事、家族を持つ事、人に好かれる事。幸せを感じている者は全て勝ち組? そうじゃあないわよね。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。そんな遥か昔から分かりきっていた、人が認識出来るこの世界の摂理の常識を否定するかのように、世界平和や人類平等を願う奴らってのは愚かだとは思わない?」
こいつは何を言っているんだ? それに尽きる。俺は口を開けて佇んでいた。
「でもね、こんな持論を公言すると、極端な解釈をされて袋叩きに合うのがこの矛盾した世の中なのよ。不満不平を述べるのは負け組。今の地位を保守したいが為に多数決に従う勝ち組。だけど腹の奥底では皆思っているわ。自分が良ければ他はどうだっていい。善意でボランティアをする人間も、突き詰めると結局は自己を満足させる為の手段でしかないのだから、結局のところ誰もが例外なく自己中心的だということよ」
「あの、君はさっきから何が言いたいの?」
我慢できずに訊いてしまった。
「常識に捉われるなという事よ。絶対的に正しい事なんて物理学でしかないの。人が作り上げてきた社会や常識なんてものは生きる為の基準にするべきではあるけど、それに捉われすぎて自分を見失うなんてのはあまりにも馬鹿げているとは思わない? だってそうでしょう。五万歩譲って転生という循環システムがあったとしても、今の自我は確実に無いのだから、一度きりの、今を生きる自分自身の人生を押し殺すなんて論外よ」
相槌を打つ間も無い巫女の話に俺はただただ圧倒されていた。内容がどうこうというよりは、夜の公園で自らの価値観を吐露するその異常な人間性に戸惑っているのだ。
「アンタは俳優はなりたいんでしょう?」
「え!? なんで知ってるの!?」
「単純な話よ。とある映画のオーディションに落ちてビルから出てくる姿を見たのよ。二日前に」
「ああ……」
確かに一昨日、俺はネットで見つけた映画オーディションを受けて無残に散っていた。
「だけど私は思うのよ。アンタには俳優の才能がある。夢を諦めさせるには惜しいんじゃないのかとね。イケメンシェフとして女どもにチヤホヤされるのも悪くないかもしれないわ。でもね、それじゃあつまらないわよ」
信用できる人物なわけないが、才能があるという言葉はとても嬉しかった記憶がある。何を根拠に言っているのか、そんな疑問なんてどうでも良くて、単純に褒められた事が嬉しかった。
だから意味が良く分からなくても、巫女の話に耳を傾けていたのかもしれない。
「社会に不信するのも結構、安定を求めるのも結構……」
巫女はゆっくりと俺のそばに歩み寄り、俺の胸に指を差した。
「だけど想像できる問題なんて、自分が気にしなければなんて事はないのよ。もっと自分を信じなさい。過信だっていいの。後悔なんて死んだ後に取っておきなさい。死んだ後は後悔なんてする事もできないんだから。綺麗事で自分の感情をごまかして、運や他人のせいなんかにするんじゃないわよ」
ヤベエ女だと思う半面、妙に説得されてしまう。心に抱えていた悩みを全て見透かされているようだった。
「もしアンタが本気で俳優になりたいというのであれば、私がアンタをスターにしてあげる」
「は? き、君が?」
「私の名前は本間巫女。人類史上最高の頭脳を持った究極天才美少女であるこの私が責任を持ってアンタをスターにしてあげると言っているのよ。そうね、あそこの看板広告に写る俳優を一年後にはアンタの顔にしてあげる」
巫女が指を差したのは離れたビルの屋上に設置された看板広告だった。先ほど信号待ちしていた時に見ていたのと同じものである。
「いやいや。なんか聞き入ってしまったけど、そんな君の妄言を俺が信じるとでも思うのかい?」
「アンタはメガトン級の馬鹿ね。私を信用するかじゃなく、アンタがどうしたいかよ。私を信用したいのは、私に全ての責任を押し付けたいからでしょう?」
「いや、そういうわけじゃないけど……だって初対面の人にそんな事を言われたら君だって信用は出来ないだろ?」
「有り得ないわね。私はそもそも不審人物の言葉なんて聞きもしないわ。アンタが今こうして私の言葉を聞いているのはすなわち、誰かにずっと背中を押して欲しかったんでしょう?」
「……」
段々と巫女の目が見れなくなってきた。本当に俺の心を見透かされているでないか? そう思えて仕方なくなってきたからである。
「人生の中で想像も出来ない出会いなんてのはいくらでも訪れるものよ。明日、この時間にこの公園で待っているわ。もし来なかったら、永遠にもうアンタと会う事は無い。私というチャンスを生かすも殺すもアンタ次第。その新品同様のツルッツルの脳みそでよく考える事ね」
俺の胸に軽く拳を突き、巫女は鰻子を連れて公園から出て行った。俺は巫女達が公園から出て行った後もしばらくその場から動く事はなく、こんがらがった頭の中を必死に整理する。
その結果――その後自転車を回収しに再び街中に戻ったのだが、「……」悲しいことに俺の自転車はどこにも見当たらなかった。
そして次の日。その夜。
俺は公園に行かず、仕事が終わった後オーナーに誘われて飲み歩き、ベロベロに酔いながら家路に向かっていた。
自転車は無いし、タクシーで帰ろうかなと、交通量の多い大通りに出ようと人通りの少ない道を歩いていたその時、「おらああああああああ!」
「どぅべはあっ!?」
突然背中に何かが衝突し、俺はアスファルトの上に倒れる。
「こんなところで何フラついているのよボケ! 普通来るでしょ!?」
倒れた俺に怒声を飛ばすのはもちろん巫女だった。相当お怒りのようだが、残念ながら俺の意識はすでに夢の中へと旅立ってしまっていたのだ。
俺は公園に行く予定ではあったのだけど、店長の誘いを断る事が出来なかったので行くのをやめたのである。
心のどこかでは詐欺なのではないかという疑心もあったので、行かない事に抵抗というものは無かった。
「……ん?」
俺が意識を戻したのは翌日の朝だった。




