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只今、監禁中です。  作者: やと
第九章 黄色い牛乳

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「なんだ、何を入れた!? また変な薬か!?」


 声が出なくなるという事はないが、絶対ろくでもない効果があるはずだ。

 背中に氷を入れられたように背筋がゾッとした。銃口を向けられる事も当然怖いけど、体内に異物が入るというのは別次元の恐怖がある。


「別に変な薬じゃないわ。心配しなくても死にはしなわいよ。何より、アンタそれ飲むの二度目だし」

「二度目? いつ……あれ、くそ……」


 急にまぶたが重くなり、意識が遠のいてく。この感じ、確かに前も体験した記憶がある。


 そうだ。

 巫女の部屋でワインを飲んだ時と似たような感じだ。まさかあの時も薬を盛られてたのか……。


 くっそー。

 一体どこに隠し持っていやがったんだ。油断も隙もねえ……。


「んじゃ、おやすみー」

「……」


 遠くの方でかすかに聞こえる巫女の声。俺は布団に頭を落として埋まり、完全に眠りに落ちてしまったのだった。



 ――体が揺れる。背中の感触が柔らかい。それに、頭にも柔らかい感触がある。

 とても心地よい柔らかさだ。こんな枕ならずっと眠っていられる。


 ……あれ?

 俺って病院にいたんだよな。何で寝てるんだろ?


 ……ああそっか。

 巫女に変な薬を飲ませされてから記憶がねえって事は、巫女のせいで眠ってしまったわけか。


 はは。


 あー。

 目を開けるのがこえー。


 今さら夢オチなんてのは勘弁してほしいが、開けた瞬間にカボチャや鍋が飛んでくるのかと思うと開けたくねー。何より本当に枕が気持ち良くって、ずっとこのまま眠っていたい。夢オチも勘弁、辛い現実も勘弁、だったら夢の中が一番だ。


 だったらいつ寝るの?

 今でしょ。


「起きましたかぁ?」

「んっ!?」


 聞き覚えのある声に反応して目を開けると、視界いっぱいに京香の顔が映った。


「おわぁ!? 何だ何だ!?」

 驚いて体を起こすと、俺は車の中にいた。


 隣には京香がいて、どうやら京香の膝枕で眠っていたようだが――どうして車の後部座席で京香と一緒にいるのかという疑問が自ずと湧いてきた。


「俺をどこに連れて行く気だ? 巫女は?」

 走っている車の外の街並は俺も知らない場所だった。


「巫女さんに頼まれたんですよぉ。自分が退院するまで預かっておいてくれって」


「は? 何が? 俺がお前の家に行くってことか?」

 自分の顔を指差しながら訊く。


「はい」

「!?」

 やっべ、驚きすぎて心臓が止まるかと思った。


「ままま、マジかよ!? お前の家に泊まるのか俺は!?」


 京香の家に泊まるなんて軽く想像しただけでも恐ろしい。俺は小刻みに体を震わせて慄いた。


「そんなに怯えなくても大丈夫っすよぉ。あくまでも金也さんは客人なんですから、間違っても危害が加えられることはありません」

「そうは言われてもさ……」


 マイナスのイメージしかない暴力団の家に訪れるだけでも考えられないのに、泊まるとか本当にありえない。大体巫女がどれだけ入院するのかすらも分からないってのに――こんな事になるなら逃げていれば良かったぜ。


「あ、じゃあ鰻子は?」

「いますよ、前に」


 京香が助手席を指差したので前を見ると、窓に寄りかかるように座って眠っている鰻子を発見した。腕には花柄模様のトートバックを抱えていて、泊まる準備は万端って感じだな。

 だが、鰻子がいるならば少し心強い。ここ最近の俺にとって唯一のオアシスだからな。


「はあ……なんか頭がクラクラしてきたぜ」

 それでも、行きたくないことに変わりはない。


 ルームミラーに映りこんでいる運転手の厳つい顔を見るだけで鬱になるよ。一体どんな修羅場くぐったらあれだけ顔に切り傷が出来るんだって訊いてみたい。


「そういえば、家のトラブルってのは解決したのか?」


「まあ、一応は――ああ、ホントにあまり気にしなくても大丈夫ですよぉ。仮に何かあったとしても、絶対に金也さんには迷惑をかけないですから」


 少なからず『何か』は起こり得るってことだな。というか、コイツはきっと大きな勘違いをしている。

 俺が今最も懸念しているのは暴力団の家に泊まる事と共に、京香という危険分子と同じ屋根の下で過ごさなければならないという事もある。


 ハッキリ言って京香は巫女よりも頭がイカれてると思う。

 英語圏の人間なら間違いなく『クレイジーガール』なんてあだ名を付けるだろう。

 今はヘラヘラと微笑みかけてくれてはいるが、いつ俺に襲い掛かってもおかしくはないと思うんだよな。

 本音を言えば、多分京香は俺のことを良くは思ってないだろうし。


「ところで、金也さんは嫌いな食べ物とかあるのですか?」


 唐突に何の脈絡もない質問がきた。


「え、まあ、ゲテモノでなければ大抵のものは食べられるよ。どうして?」

「もう日も暮れますし、帰る頃にはもう夕食の支度をしなければいけませんから」


「てことは、京香がご飯を作ってくれるのか?」

「はい。こう見えて包丁捌きもプロ並みなんですよぉ。今日は鰻子ちゃんと金也さんの為に頑張って料理をしたいと思います」


 それは確かに意外だ。

 料理を作れると分かっただけで、京香への印象がガラリと変わるほどの衝撃でもある。

 ま、俺が単純だってだけだが……。


「それは楽しみだな。でも、一応鰻子は食べるかどうかを訊いてやってくれよ」

「分かってますよぉ」


「……なんかお前やけに楽しそうだな」


 京香が笑顔を見せることは何も珍しいことではないのだが、内から湧き出る嬉々とした感情が目に見えるほどに表れている。


「いやーだって私の家に他人が泊まりに来るなんて初めての事ですから」

「そうなんだ。友達は……」


 呼べねえか。


「前にも言ったじゃないですかぁ。私は元々性格が捻じ曲がっていたので、その時の噂は消えることはなく、無条件に皆私に怯えて近付こうとはしないんですよぉ」


「なるほどな。でもさ、京香が通ってる学校ってお嬢様学校だろ? そんな噂がある中でよく学校に行けるな」


 俺の勝手なイメージだが、必ずしも上流階級イコール人格者ではない。

 むしろ成功者ほどあらゆる固定観念や先入観を持っていて、自分の価値観にそぐわない物を徹底的に排除する傾向があるように思える。


「ヤクザの娘だから良い学校に行けないってのは差別じゃないですか。何より、私の成績は常にトップですから、文句を言う奴なんていませんよぉ。恥を晒すだけですし。まあ、全てコネで勝ち取ったと思っている奴も中にはいるでしょうけどね。私、あまりゴミが目に入らないタイプなんです」


 淡々と話してくれてはいるが、その言葉の奥深くには京香が抱える憎しみや怒りなどが隠れているように思えた。同情するというのはちょっと違うけど、何というか、京香に興味を持ち始めるきっかけにはなったかな。

 もちろん、やましい意味は無い。


「お前も色々、大変なんだな」

「そうでもありませんよ。むしろ嫌われる事に慣れてしまえば、何も怖いものなんてないんです。そういう意味では、私は巫女さんよりも我慢強いかもしれません」


「なんだよそれ。まだ中二病なのかよ」


「馬鹿にしないで下さいよぉ。私はいつ何時だって真面目です。それに中二病だなんて言葉を当たり前のように、他人を馬鹿にするように使う自分を恥じるべきですよ。中二病だとか、ゆとりだとか、そういう言葉で個性ある人間を一括りにしてまとめるなんてもはや差別、言葉の暴力です。何気ない一言が他人の人生に影響を与えてしまうという事実を、一人の大人として自覚してほしいものですねぇ」


 大げさな……だと思う半面、素直に京香の言葉を聞いて反省する自分がいた。というか、後々のことを考えると、少しでも京香に嫌われない選択肢を選んでいった方が良いような気がした。


「変なこと言ってごめんなさい」

 俺は深々と頭を下げて謝る。


「ふふふ。別に怒ってはいないのですけど。まあ、許します」

「ホントごめん。なんだか今とてつもない罪悪感に見舞われてる」


 京香はイカれてるが、相応に常識を持っているのかもしれない。ただそれに囚われていないだけで、それに抗う強さを持っているだけで。

 何が正しくて間違っているのか、それを周りの意見に流されず、自分の考えを貫く信念と知力があるのだ。

 京香が巫女を尊敬している本当の理由はそこだろう。年下ながら、俺は京香を尊敬する。

 そして、俺はこの二十年間何をして生きてきたのか考えると……切なくなる。


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