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「どうやら花村結城のマネージャーが来たようですね。馬鹿な会話をしてないで、早く出てあげてください」
ミコリーヌが俺に向かってそう指示してきた。
「え、俺が?」
「急に無言で扉が開いても戸惑うじゃないですか。そこのモニターから上がって来るように伝えてあげてください。ロックはもう解除してますから」
「しょうがねえな」
仕方なく俺は廊下そばの壁に設置されているインターホン用のモニターに近付いてみる。だが画面は真っ暗で何も見えず、人が立っているとは思えない。
「おい、誰もいねえぞ」
疑いの眼差しでミコリーヌに言う。
「防犯カメラにはちゃんと映っていますよ。ただ、どうやら確認用のカメラに体を接着しているようですね。巫女から聞いた話ではかなりの天然らしいので、この行動の意味は私も理解不能です」
ミコリーヌの言葉を聞いた上で改めてモニターを見ると、確かによく見るとモゾモゾと何かが動いているように見えなくもない。
「もしもーし」
受話器をとって声をかけてみる。
「うお! びっくりしたあ!」
俺の声に驚いた女性の声が聞こえたが、一向に画面は真っ暗のままだ。ただ画面全体がモゾモゾと動いている。
「あの、ロックは解除したんで上がって来てもらえますか? 十二階の三号室です」
「あ、はい! 了解でございます! すみません! 今すぐに階段で向かいますよ!」
「いや、別に階段じゃなくてもエレベータ……あれ?」
真っ暗だった画面が一変してエントランスが映し出されたので、たぶんカメラに密着させていた体を離して階段に向かったのだろうと思う。
現在電気トラップは解除されているので、わざわざ階段で上がる必要はないのだけど……まあいいや。
俺は受話器を元に戻し、パソコンの前に戻る。
「花村のマネージャーってここに来た事あるのか?」
何となくミコリーヌに訊いた。
「マンションの前まではよく来ていたと思いますが、部屋に上がるのは今日が始めてだと思います」
「そうか」
名前が鬼蝮メメメだなんて変わった名前の人だから、どんな人なのか興味はある。
ただ、今少しだけやりとりしただけでも変な人全開だったから、実際に会うともっと変なんだろうなという不安も同時に抱いていた。
ピンポーン!
再びインターホンが鳴る。
「鰻子、出てくれ」
「分かったんだよ」
鰻子は小走りで玄関へと向かい、花村のマネージャーを出迎えた。
「お邪魔しまーす。ああっ! 君超可愛いー! これも何かの運命だよ! さっそく明日からうちの事務所で働いてみよーか!」
おっと、花村のマネージャーと思わしき人物が靴脱ぎ場で鰻子をスカウトし始めてる。
見た目は胸まである長い茶色の髪、ふちの黒い眼鏡、紺色のデニム、黄色い蛍光色のジャンパー、肩には子供が簡単に入れそうな大きさのボストンバッグをかけていた。年齢は二十代なのは間違いない。身長は鰻子より高いから160センチ以上はあるだろう。
「鰻子はまだ働かないんだよ」
顔面迫るマネージャーに鰻子はあたふたしてる。
「君なら絶対にスターになれるよ! 今は少し小奇麗なハーフってだけでテレビでそこそこ売れちゃうんだから、君みたい超絶可愛い金髪女の子はつっ立てるだけで大丈夫だから! ホント! マジだから! 日本人って多少不細工でもハーフなら可愛い可愛いって褒め称えるから! じゃあさっそく今から事務所の方へ──」
「待てええええええええええええええええええええい!!」
勝手に興奮して鰻子を連れ出そうとしたマネージャーを呼び止める。
「うわあ! ごめんなさい……あれ、ここって巫女ちゃんの部屋じゃ?」
俺の顔を見て不安になったのか、玄関の扉を開けて部屋番号を確認する。
「合って……ます?」
怪訝そうな顔で俺に訊ねる。
「合ってますよ。実はちょっと巫女は用事があっていないんです。そんなことよりも、キムタキさんどうにかして下さいよ。とにかく中に入ってください」
廊下の途中まで歩き、靴脱ぎ場から動かないマネージャーを急かす。
「そうなんだ……って、その鎖何!?」
当然のように俺の足の鎖に対して疑問を抱いた。
「あの……これは……」
適当にごまかそうとしたのだが、「監禁してるんだよ」鰻子が先に喋ってしまった。
「監禁? というか、それってもしかして……」
よくよく考えればどうして俺の動悸が激しくなったのかは甚だ疑問で非常におかしな事なのだが、マネージャーの不安げな表情を見ていると緊張して汗が滲み出てきた。
「それってオーダーメイドのシルバーアクセサリーでしょ!」
「は?」
「うちの花村と知り合いならそれくらいぶっ飛んだセンスを持ってないといけないもんね。だから君、合格だ!」
ウィンクをして俺の額に人差し指をつんと当てる。俺はあ然として沈黙した。
「あれ、どうしたの黙って……まさか君ってうちの花村の友達とかじゃないの?」
「え、まあ、友達ですけど……はい」
なんかこの人は巫女や京香とは違う次元のうっとうしさを持っているな。
「でしょう? あ、名刺出さなきゃね。私は……きゃあ!」
俺に名刺を渡そうとバッグを開けた瞬間、バラバラと中身が床に落ちてしまう。文房具やら書類やら食べ物やら飲み物など様々な物が床に散乱した。
「すみませーん! 悪気はないんです! 私、鬼蝮メメメです。二十八歳のバツ三です!」
「バツ三なんですか!?」
床に散らばった物を拾いながら、誰も訊いていないのに衝撃的なカミングアウトをしてくれました。
「いやあーでも仕事を取る為のビジネス結婚だったから。子供もいないし。本当の結婚相手は仕事です!」
この人の生命エネルギーの凄まじさは大いに理解した。その他の異常性は……言うまでもない。
それによく見ると、「ん?」
派手なジャンパーを着ているなと思ったら、背中には太字で花村の新しい写真集の宣伝が書かれていた。