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「……は? 来れねえ? なんでだよ。お前誰のおかげでシャバの空気吸えてると思ってんだコラ?」
「それはお前のおかげではなく、お前の爺さんのおかげでしょう?」
「え?」
突然俺の背から聞こえてきた女の声。
敬語で話す口調だったので一瞬ミコリーヌが喋ったのかと思ったが、その声の主は俺が二度と会いたくはない人物だった。
「き、京香!?」
「また会いましたね、金也さん」
俺の横に立ち止まり、ニコリと微笑みを見せたのは制服姿の八島京香だった。
「何でここにいるんだよ!?」
「そこのリーヌちゃんに頼まれたんですよお。巫女さんに害を為すクズがいるから処理をしてほしいって、メールが来たんです」
京香の言葉を聞き、すぐに俺はミコリーヌに目を向ける。
「よりにもよってお前……」
「力を誇示するクズには更なる力です。巫女がいない以上、これが彼には一番効果的でしょう」
ミコリーヌは淡々と京香を呼んだ説明をした。理解はしたが、限度を超えてる行動を平然と起こす京香の登場は俺にとって不安でしかない。
「京香だあー」
能天気な鰻子は京香のもとへ笑顔で駆け寄る。
「こんにちは鰻子ちゃん。元気にしてましかぁ?」
京香は優しく微笑みを浮かべて鰻子を抱きしめた。
「ううん。今日はちょっと元気じゃないんだよ」
しゅんと萎れて俯いた。
「ん?」
京香が俺を見たので、苦笑いをして首を傾げてみせる。
「まあ、詳しい事はまた後で聞きます。今はこいつらをどうするか――でしたね」
目の色を変え、京香はキムタキらを睨みつけた。サラサラショートヘアの黒髪を靡かるその凛々しい横顔に、素直に認めたくはない心強さを感じてしまう自分がいた。
「おまおまおま! お前の顔見たことあるぞ。お前、あれだろ、超連合にいた『狂姫』じゃねえのか……? 確か八島組組長の一人娘……」
一方キムタキは顔色を青く変えていた。京香の事を知っているようだ。
「狂姫? そのダサい名前は何ですか? 私はそんな野蛮な名前ではありませんよぉ」
「狂姫というのは、八島京香が巫女に会う以前、この周辺地域の暴走族やギャングなどが集まった超連合という不良集団を束ねていた時の異名ですね。文字通り狂ったように見境無く暴力を振るっていた為、そういう名が付いたようです」
せっかく京香がしらばっくれていたのに、情強のミコリーヌが丁寧に補足してくれた。
ごまかす事が出来なくなった京香は遠くを見つめながら、「……ま、そんな過去は誰にだってあるものですよねぇ」
ねえよ。
「ていうか、私もお前を知っていますよぉ。お爺ちゃん大好きっ子の木村さん」
不敵な笑顔で京香は言った。
「は、はは。や、八島組の娘が来たからって何なんだよ、あ? お前だって俺に何かしたらただじゃおかねえからな!」
携帯電話を握る腕を京香に突き出しながら言う。言ってる事は強気だが、崖っぷちに立っているようにしか見えない。
「だったら報復されるのが怖いので、殺さなくてはいけないですね」
凍てつくような冷たい目つきで言う。
「え?」
「冗談ですよぉ」
笑えない冗談を笑顔で言いながら、京香は俺の持っていた写真を静かに取って見る。
「あーらら、本当に巫女さんが写ってる。こんな物が世間に流れたら、巫女さんに多大なる迷惑がかかるじゃないっすかぁ。ふふふ。流された後だったら確実にお前とその関係者全てをミンチにして肉団子でしたから、ある意味幸運でしたね」
清涼感のある表情にはそぐわない言葉をキムタキに吐き捨て、手に持つ写真を握り潰した。
「……」
もやはこの空間は京香が支配しているも同然だ。皆が息を止めているかのように沈黙し、異様な存在感を示す女子高生に釘付けだった。
「んー!!」
いや、トイレで踏ん張っているハゲは例外のようだ。どうやら本当に腹を壊していんだな。
「ん。何ですかぁ、今の呻き声は?」
眉を捻って俺を見てくる。
「あとで話す」
「ま、分かりました。さてと……」
左側の髪を耳にかけ、京香はキムタキのそばに歩み寄る。
京香の威圧感にやられたのか、女性は腰を抜かしてペタンと床に尻をついた。カメラ野郎は現実逃避をしているかのように茫然としている。
「な、何だよ?」
目の前に立つ京香に警戒して身構えるキムタキ。纏っていた輝かしいオーラはどこへやら……。
「木村さん。私がどうしてここに一人で来たか分かりますかぁ?」
上目遣いで、頭一つ分ほど身長差のあるキムタキに問いかける。
「は? そんなこ──ぐはっ!?」
京香は握った拳をキムタキの胸の中心に押し当てると、キムタキは胸を押さえながら咽て怯んだ。その隙に容赦なく股間へ蹴り上げ攻撃をし、
「のがぁぁ!?」
トドメは股間を手で押さえながら膝を着くキムタキの側頭部に巫女ばりの回し蹴りを食らわせた。
「私はお前と違って、一人で喧嘩できるんすよ。キモタキさん」
たった三回の攻撃でキムタキは床に沈んだ。俺は開いた口が塞がらない。
しかし京香はまだ気が済まないらしく、床にうずくまるキムタキの頭をぐりぐりと踏み付ける。
「お前馬鹿そうだから教えといてあげますね。花村結城にどう迷惑をかけようが私の知ったこっちゃあないんですが、巫女さんの友達に迷惑をかけるのが駄目なんすよぉ。まぁ、今回は警告だけで許してあげます。それと、お前の大好きなお爺ちゃんとウチの馬鹿父親は昔から仲が良いですから、報復なんて事は考えないでくださいね。外交と一緒です。戦争をしないように、お互い上辺だけでも仲良くしましょうねぇ」
「……」
蹴られた部分を手で押さえたままキムタキは無言だった。それはそうだろう。拳銃を持っていたとしても、戦車に勝てっこないのだから。
「無視ですか。まったく、鰻子ちゃんがいなかったらその大事な顔面を蹴り砕いてるところっすよ。俳優は顔が命ですもんねぇ」
京香はその場にしゃがむと、殺意の籠った鋭い目を細くし、踏み付けていたキムタキの顔を今度は優しく撫で始めた。
この極端な変貌ぶりは寒気を覚える。
「ところで金也さん、この中年オヤジと女は誰なんですかぁ?」
「え、ああ。その人はその写真を撮った自称フリージャーナリストで、女の人は……恋人とか?」
キムタキにとってはたぶん遊び程度の相手なんだろうけど、あえて今それを口にする必要はないと判断した。一応世話になった人だしな。