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「じゃあ鰻子、ちょっと買い物に行ってくるから留守番お願いね。今度は手錠を外したら駄目よ」
廊下の前で鰻子に指を差して念押しする。
「了解だよ」と、笑顔で巫女に手を振った。
その後巫女は廊下に消え、間もなくガチャンと玄関扉の閉まる音が聞こえた。悪の元凶である巫女が部屋から出たわけだが、だからと言って新しい脱出案を考えていたわけでもない。
「金也、さっきの続きをして遊ぶんだよ」
この瞬間を待ってましたと言わんばかりに体を浮かせる鰻子だが、両手を使えない俺にはじゃんけんすら出来ない。
「出来ねえよ。巫女に手錠をされて手が動かせないんだからさ。もしかしてまた外してくれんの?」
「それは駄目だよ。また手錠外したら巫女に怒られるんだよ」
萎れる花のように俯いた。
「だろ? だったら諦めろ」
「あーあ。つまらないんだよ……」
鰻子は肩を落としたまま立ち上がると、大開口窓の傍まで歩み寄り、カーテンを開いた。すると陽射しが差し込み、鰻子の全身を照らす。鰻子はその場に座り、日光浴を始めた。
「……」
さてと、どうするかな。
本音を言うと、少し困惑してる。それは巫女に対する感情だ。頭の狂ったサイコパスかと思いきや、そうでもないような雰囲気もある。単なる悪党とするのも何だか違う気がして、先ほど抱いた死の恐怖がすでに薄れつつあるのだ。
とはいえ、もちろん逃げることを諦めているわけではない。逃げられる時を待とうという気持ちに切り替わっているだけだ。
巫女のいない今もチャンスとは言えるが、さすがにもう手の打ちようがない。手錠が外れない以上はどうすることも出来ないからな。
それに多分、巫女はすぐさま俺をどうこうする気はないだろう。
気まぐれという性格をポジティブに考えると、すぐに飽きて解放してくれるかもしれない。
仮にそのような奇跡が起きれば即刻警察に通報してやる。
いずれにしても、今は様子見だ。
何だか、自分でも妙に落ち着いてると思う。ひたすら恐怖心を煽られたせいで感覚が麻痺してるのかもしれないな。
「……ふう」
このまま黙り込んでいても仕方がないか。日光浴をしている鰻子と会話でもしてみるか。
「あまり陽射しに当たってると日焼けするぞ」
「? 大丈夫だよ、鰻子は日焼けしないんだよ」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるんだよ」
そういえば、色白の人は肌が赤くなるだけで日焼けしないという話を聞いたことがある。鰻子もそういう体質ということなのかな。
「ん?」
鰻子がジッと俺の顔を見つめてる。
「どした?」
「何でもないよ。金也を見てるだけなんだよ」
陽射しのせいか、より一層透明感の際立つその綺麗な微笑みは天使と言っても過言ではないだろう。思わず息を呑んでしまった。
それと、地味に気になっていたが、鰻子の目は灰色だ。いや、銀色と言った方が正しいかもしれない。
「鰻子は綺麗な目をしているな。そんな目の色をした人は初めて見たよ」
「鰻子の目? そうかなあー」
両手を頬に当てて首を傾げる。さっきから自然と可愛らしい仕草をする奴だが、こいつだけはさすがに演技ではないと信じたい。
「鰻子の両親ってどこの国出身なの?」
「……出身? 分からないんだよ。鰻子には両親なんていないんだよ」
「あ、ごめん。そんなつもりで訊いたんじゃないんだ」
「どうして謝るんだよ。別に金也は何も悪くないんだよ」
「……そっか、わかったよ」
これは思わぬ返答だった。鰻子が気にしてなそうなのが幸いだったが、次からは気を付けて発言しないとな。
しかし両親がいないとなると、尚更巫女との関係が分からない。
鰻子が一人暮らしをしているとは思えないし、巫女と一緒にここに住んでいると考えた方が自然だ。だがそうなるとベッドは一台しかないし、二人が住んでいるような形跡もない。
仮に一緒に住んでいるのなら、昨日はどこに隠れていたのかという疑問も生まれる。
何だか複雑な理由がありそうだけど、鰻子には聞きづらいな。
「そういえば……鰻子は学校はどうしたんだ? まだ冬休みには入っていないだろう」
今日は平日。
鰻子が見た目通りの年齢ならば、まだ義務教育を受ける学校へ通っているはずだ。
「学校? 鰻子は行ってないんだよ」
「え、マジで?」
「うん。勉強は巫女たちが教えてくれるからね、鰻子には必要ないんだよ」
「そうなんだ」
まさか、登校拒否?
容姿が可愛すぎるせいでイジメでも受けているのか?
「ちなみに、鰻子って今何歳なんだ?」
「三歳だよ」
こいつぁ大変だ。
まさか、鰻子も巫女の気まぐれで拉致監禁されているんじゃないのか?
確かに精神年齢は三歳児っぽいが、実年齢はどう見ても十代前半だ。
まともな教育を受けていれば自分の年齢くらいはちゃんと答えられるはずだし、もう少し歳相応の会話も出来るはずである。
「……」
分からないな。
でも、鰻子もここに監禁されているという考えはあながち間違っていないかもしれない。
世界には狼に育てられた少女がいるくらいだ。気まぐれ女に育てられた金髪天然貧乳少女がいても不思議じゃない。
犯罪者予備軍ではないけど、鰻子に少し興味が湧いてきた。
「あ!」
「ッ!?」
突然何かを思い出したように、鰻子が声を上げた。俺はその声に驚いてビクつく。
「そうだ! 金也に見せたいものがあるんだよ!」
人差し指を立てて表情を輝かせる鰻子は、「待ってるんだよ」と立ち上がって廊下に向かおうとする。
「おい! どこ行くんだ?」
何気なく訊いてみると、意外な答えが返ってきた。
「隣にある鰻子の部屋だよ。心配しなくても、すぐに戻って来るんだよ」
「部屋? あ、おい!」
新たな疑問を生む出す答えを落として、鰻子は足早に部屋を出て行った。
部屋を与えられているのか、鰻子が所有しているのかは分からないけども、少なくとも鰻子は巫女に監禁されているわけではなさそうだ。
そもそも手錠をかけられていない時点で俺とは違うよな。本能的に仲間を求めていたのかもしれない。
……独り……か。