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「あーもうやかましいですね。いちいち怒鳴り声を上げて喧嘩しないでください」
ミコリーヌは耳の穴を指で塞いで不快そうな顔を見せる。
「でもさ、今ので誘き出すのはもう無理になっちまったろ」
「大丈夫です。こんなこともあろうかと、わざと適当な番号に電話をかけました」
「マジか。てことは今のはキムタキと会話していたわけではなかったというわけだな?」
「その通りです」
よほど巫女パパは信用されていないんだな。大いに理解する。
「では、結局貴方がかけるのですか?」
「ああ……そっか。まあ電話するのはいいけどさ、どうやって話せばいいと思う?」
「このジャーナリストに成りすまして、適当に渡したい物があるだとか言ってみたらどうですか。深く考えなくても、あんな幼児レベルの歌詞を書くような人間ですから何とかなりますよ」
「確かに」
ミコリーヌの言葉で俺は妙な自信を得た。
「ではかけますよ。早くしないと木村瀧男が遠くに行っちゃいますからね」
プル、プルルルルル……。
プルルルルル……。
電話が発信した途端に緊張してきた。手汗が一気に出てくる。
プルルルルル……。
プルル――、
「あ、もしぃ? 俺様無敵のキムタキ」
なんかあからさまに馬鹿な奴が電話出た──────ッ!!
四回目のコールで出たのは頭の悪そうな口調の男の声だった。
正直これがキムタキの声なのかという判断は俺には出来なかったが、あのふざけた歌詞を書きそうな感じは直感的にした。
「おーい、まもっちゃんどうしたの?」
まもっちゃんとはおそらくカメラ野郎の事だと思われる。
「あ、あのー……キムタキ?」
出来る限りカメラ野郎に声を似せる為、俺は低めの声で返事をしてみた。
「ぶっは! 急にキムタキとか何だよ。いつもみたいに王子って呼んでよ」
どこの馬鹿王子だよ。
「お、王子。今どこにいるんだ?」
「今千億、デートしてんだよデート。ここら辺はあまりマークされてないかんな。で、何? もしかしてHのエッチなスキャンダルでもゲットした?」
『H』とは、花村のイニシャルという風に解釈するのが普通だな。やはりこいつが絡んでいたのか。
「ああ、とびっきりのを撮ってやったんだ。王子にも見せてやろうと思ってな。ちょうど良かった。俺も今千億町にいるんだよ」
「マジ? 行く行く。どこにいんの?」
食い付いてきた!
雑魚がサビキ釣りで即食いする並みの早さで食い付いてきた!
「ドッコイ商っていうホームセンターがあるだろ、その裏にある白いマンションで待ってる」
「ああ、あそこね、分かった。じゃあ今から愛車のパルシェで行くわ。じゃねー」
プツッ。
電話を切られてしまった。だが、キムタキを誘き出す事には成功だ。
「今から来るってさ。想像通りのアホだったよ」
「やるなユー。ミーの一番弟子にしてやろう」
偉そうな態度で俺の肩に手を乗せる。
「断る。というか、これからが肝心だろ。キムタキがちゃんとマンションに着いたとしても一人じゃここに上がってこれないんだからさ。おっさんが迎えに行って、怪しまれずにこの部屋まで連れて来てくれねえと」
電流トラップのあるエレベーターさえなければさほど難しい事ではないんだろうけど、わざわざ階段で最上階まで上らせるのを怪しまれずにさせるというのは簡単ではないと思う。
「この部屋に連れて来なければならないのか?」
「え、そうだろ?」
ミコリーヌに訊いた。
「はいそうです。でも、別に迎えに行く必要はありません。私が一時的に防犯用のセキュリティシステムを停止させておきますので、電話で上がってくるように指示してくれたらいいです」
「何だよ。お前そんな事も出来んのか」
「はい。このマンションの管理人は私と言っても過言ではないですからね。だからと言って、私がわざと貴方に電気ショックを与えたわけではありませんので恨まないで下さいよ」
まるで俺の心を読み取っているかのような言葉だな。
「んじゃまあ、あとはキムタキを待つだけか? 何か他にする事はないのかよ」
「ありませんね。貴方たちは木村瀧男がこの部屋から逃げないようにすればいいです。後は私が用意をします。とっておきのお仕置きを」
「とっておきねえ……」
ミコリーヌが何を企んでいるのかは分からないけども、巫女と同じ雰囲気を醸し出していたのでろくでもない事なのは間違いないだろう。
俺も今回は他人事なのでちょっとだけ楽しみだったりする。今はアンチキムタキと言っていい。
今回の事を進んで俺が協力しているのは、やはり花村を陥れようとするキムタキの狡猾なやり方に腹が立っているからだ。
あとは邦楽の崩壊を阻止しなければ大変なことになってしまうという勝手な使命感もあったりする。
──十数分後。
ピリリリリ!
カメラ野郎のケータイにキムタキからの着信があった。
「もしもし」
俺が電話に出る。
「無敵のキムタキだけど、マンションに着いた」
「あ、じゃあ1202号室まで上がってきてもらえる? 茶でも出すから」
「え、マジ。ここってまもっちゃんの家なの? 結構稼いでるじゃーん。ていうか女も一緒なんだけどいい?」
女か……関係の無い人を巻き込むのは忍びないけど、今はとりあえず怪しまれない為にも良しとしておこう。
「ああ構わない。では、エントランスの自動ドアを開けるから、エレベーターで上がって来てくれ」
「オーケー。んじゃ」
プツッ。電話を切られた。
「よし、今から上がってくるぜ。鰻子頼むぞ」
「分かったんだよ」
俺達が立てた作戦は――まずキムタキが部屋に着いたら鰻子が出迎え、その無垢な笑顔で中に誘う。そして洗面所に身を隠していた巫女パパが逃げ道を塞ぎ、俺が事情を説明するという段取りである。
何となくグレーゾーンな行為な気もするが、ミコリーヌを信じてやり遂げてみるつもりだ。
ピンポーン。
インターホンが部屋に鳴り、俺はパソコンの横、巫女パパは洗面所へ身を隠した後、鰻子は玄関へとキムタキを出迎えに行った。
「どうもはじめまして。鰻子だよ」
「うわ、あれ? 俺様無敵のキムタキだけど、ここってまもっちゃんの部屋じゃねえの?」
俺は耳を澄まして会話を聞き取る。キムタキは見知らぬ鰻子が出てきて少し戸惑っているようだ。
「まもっちゃん? カメラを持ったおじさんならいるんだよ。どうでもいいから早く中に入るんだよ」
やべー。鰻子にまもっちゃんっていう呼び名だって事伝えてなかった。
「あ、そう。じゃあここでいいのか……おーい! まもっちゃーん! 入るぜー」
少なからず疑問はあるかもしれないが、怪しんでいるわけではなさそうだ。靴を脱いでいるような音が聞こえているので、そろそろ来る……。
……。
「きゃあ!」
「おわあ!」
男女の悲鳴が部屋に響く。俺は巫女パパが逃げ道を塞いだと判断し、立ち上がって廊下に姿を出した。
「ななな、何だよお前ら? まもっちゃんは?」
女性に腕を掴まれながら動揺しているキムタキを発見。巫女パパは予定通り玄関へ行けぬよう道を塞いで佇んでおり、仕事の終わった鰻子は涼しい顔で俺の横を通り過ぎて行った。
しかし、生のキムタキは超イケメンで輝かしいオーラを纏っている。
革っぽい黒色生地のパンツに、フードのついた黒いロングコート。指や耳にはシルバーアクセサリーを着けていて、髪型は長めでセンター分けの茶髪である。
キムタキという存在と知らなくても、絶対に友達にはしたくないタイプの風貌だ。
一緒にいる女性は赤いスカートに白い茶色のダッフルコートを着ているが、顔はキムタキの腕にうずまってよく見えないが、黒髪のセミロングというのは分かる。
「まあ落ち着いて下さい。ちょっと話をしたいだけなんで」
キムタキは息を荒げて興奮気味なので、あえて俺は冷静に話をかける。
「話? いや、まもっちゃんは?」
「中にいます。とりあえず、中に入って話ませんか?」
「はあ? ざけんなよ。なんだよコレ? ドッキリか?」
芸能人だから、そう疑ってしまうのは仕方ない。周りをキョロキョロと見回して隠しカメラが無いか探し始める。
「いや、ドッキリじゃないっすよ。実は貴方にお願いがありまして、ほんの少しだけお時間もらえますか? でないと、そこの後ろにいる凄腕の殺し屋が、貴方達に何をするか分かりませんよ」
アホな中身を知らなければ、巫女パパの持つ厳つさに逆らう奴などそうはいない。
俺の言葉を聞いて、キムタキは眉間のしわを深めながらも足を動かし、女性と共に部屋の中へと入って行った。
「あ……!」
俺の横を通り過ぎる瞬間、キムタキと一緒にいる女が顔を上げて俺を見た。なんと、花村と手錠をして外に出た時に会った雑貨店の女性店員その人だった。
これはつまり、キムタキがファンに手を出すという噂が事実だったことを意味する。なんだか複雑な気持ちだ。
「大丈夫です。何も危害とか加えたりするつもりはありませんから」
女性は怯えていたのでそう声をかける。気休め程度だろうけど――というか、俺の顔を見ても何の反応も示さなかったな。
ちょっとショック。