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「結局どうする? 俺達で解決するとは言ってもさ、具体的に何かが出来そうなのはこのおっさんだけだぜ」
俺は鎖で動けないし、鰻子は論外、ミコリーヌは別次元の存在、自由に動けるのは巫女パパだけだ。微塵の信用も無くなった今、この人に何かを任せるというのは考えられない。
「そうですね。ま、とりあえず花村結城のマネージャーにはこの事を伝えておきましょう。それで何も案が浮かばないというのであれば、私が巫女の代わりに考えます」
そう話しながら、ミコリーヌはメールを送信するように紙ヒコーキを投げ飛ばすような動作を見せた。確か花村のマネージャーって変わった名前の人だったよな。
何だったかは忘れてしまったけど。
「なんだ。ということは返事が来るまで待機か?」
巫女パパが訊く。
「はい。ところで、その男は電話を持っていないですか?」
「ん、待てよ」
巫女パパは再びカメラ野郎のポケットをさぐり、携帯電話を取り出した。
「着信履歴見せてください。正確には、木村瀧男の番号があるかどうかを調べてください」
「うむ……どうすれば見れるのだ?」
スマートフォンの操作が分からない巫女パパは助けを求めるように俺を見てくる。
「ユー頼む」
「仕方ねえな」
巫女パパに携帯を渡されたので、俺はそれらしい場所を適当に指先で突ついて操作してみるが、俺の携帯とは機種が違うので少し手こずる。
「使えない人達ですね。面倒なのでこのアドレスにアクセスしてください。そうすれば私がコントロール出来るようにしますから」
溜め息混じりの呆れ顔で画面にアドレスを表示する。ミコリーヌの視線にプレッシャーを感じつつ、アドレスを入力してアクセスした。
「よし、出来たぞ」
「ではもう何も操作しないでください」
間もなく、携帯電話の画面が勝手に切り替わり、ミコリーヌに乗っ取られたことを確認した。
「しかしあれだな。妨害電波なんて発信しているのにネットの通信は出来るんだな」
何気なく言った俺の一言に、眉をねじ曲げてミコリーヌが反応した。
「は? 何の話ですか? 妨害電波なんて誰が発信しているんですか? 馬鹿は休み休み言えと言ったでしょう。貴方って本当に救いようの無い馬鹿なんですね。本格的に死んでください」
「え?」
俺に吐いた暴言は気にも留めなかったが、妨害電波を否定した言葉だけは聞き流せなかった。
「妨害電波がこのフロアだけに発信されているんじゃねえのかよ?」
「まだ言っているんですか。んなもん飛ばされていませんよ。大体そんな事をする必要がどこにあるんですか?」
「だって鰻子が――なあ鰻子、お前この妨害電波が発信されてるって言ってたよな?」
振り向いて鰻子に再確認する。
「そうだよ。前に巫女がそんな感じの事を言っていたんだよ」
「もしかして、二ヶ月前に一度妨害電波を飛ばす道具の実験をした時の話じゃないの? それなら一時的な事だから、今は妨害電波なんて無いの」
「そうなの?」
鰻子は首を傾げる。
「そうよ。まったく」
ミコリーヌは呆れたように息を吐く。
「じゃじゃ、じゃあなんで俺の携帯電話は圏外だったんだよ? それに巫女も花村もこの部屋で携帯電話を使わなかったじゃないか?」
想定外の事実に俺は動揺してしまっている。
「それはたまたまでしょう。それと、携帯電話が圏外なのは巫女にICカードを抜き取られているからじゃないですか? 多少電波受けの悪い部屋ではありますが、圏外になることは無いですし」
「ICカード?」
「二センチほどのICカードですよ。それを差し込んでいないと電話は使用出来ないんです。側面か背面に差込口がありますから、調べてみればどうですか?」
俺はさっそく枕の下に置いていた携帯電話を取り出し、ICカードを探す。差込口を開いて中を確認するも、ミコリーヌの言う通りそれらしき物は見つからなかった。
「マジだ。本当に無い……」
「普通気付くものでしょう。いくら馬鹿と言えど、貴方はもはや人類ではありません。退化した猿人です。この世界から淘汰されてください」
ミコリーヌは情弱に容赦なかった。
「うう……」
たとえ妨害電波があろうが無かろうが使用出来なかった事に変わりはないのだけど、なんだか色々な事を損したような気分に陥り、俺は崩れるように床へ四つん這いになった。
「ごめんね金也。鰻子が悪いんだよ」
落ち込む俺以上に表情を曇らせた鰻子が謝る。
「鰻子は悪くないよ。気にすんな」
「分かったんだよ」
軽いな。
「じゃあまあ、この部屋では携帯電話を使えるんだな――とは分かっても、もう電池切れだから使えないけどな」
自分の携帯電話を布団の上に投げ飛ばす。
「それなら、その携帯電話を使って電話をしてみたらいかがですか?」
その携帯電話とはカメラ野郎の携帯電話のことだ。
「え、友達とかに電話してもいいのか?」
「いえ、木村瀧男に電話してください」
「キムタキに? なんで……って、やっぱり二人が繋がっていたのか?」
「ええ。この一ヶ月以内で頻繁に連絡を取り合っていた電話番号の中の一つが木村瀧男の所有する携帯電話の番号と一致しました。少なくとも繋がりがあるのは間違いないでしょう」
「ほー、便利だなユーは。一体どうやってそんな事が分かるのだ?」
若干空気と化していた巫女パパが素朴な疑問をぶつける。
「私は常に色々な場所へマイウィルスを感染させているので、携帯会社が持つ個人情報程度は簡単に閲覧出来るんです」
それ絶対に犯罪だろ。人工知能を裁く法律があればの話だけど。
「ともかく、さっさと木村瀧男に連絡をしてこの場所に来るように仕向けてください」
「おいおい、キムタキを呼ぶって……まずはマネージャーの返事を待つんだろ?」
「もう返ってきています。これです」
ミコリーヌは花村のマネージャーから返信されたメールの内容を画面に表示した。
『了解しました。あと一時間くらいすると少し空き時間が出来るので、私一人でそちらに向かいたいと思います。鬼蝮メメメ』という内容だった。
「いや、どこにもキムタキを呼べだなんて書いてねえじゃん」
「書いてないということは、案が無いのも同然です。私がどうするかを質問した上でこの内容を返信したのですから」
自己中心的な思考の仕方は巫女そのものだな。
「それに携帯電話のGPSで位置情報を調べたところ、今ちょうど木村瀧男はこの近くにいますから、呼び出すなら絶好のチャンスですよ」
「そうは言ってもさ、どうやってここに呼ぶんだよ。それに、もし仮に来たとしてもどうすんだ?」
「巫女ならそうすると思うからです。理不尽な理由で花村結城の人生を妨害していると知ったならば、巫女なら確実に報復します」
「それじゃあお前の嫌う時代遅れの目には目をじゃないか」
「いえ、この世界は上には上がいて、自分の思い通りにならない事もあるという事実を教えてやるだけの話です。ふふふふふふふ……」
顔を陰らせて不敵に微笑む。本当に鰻子の顔をした巫女みたいだ。
「そういうことならばミーがその男をここへ来るよう仕向けてやろう。殺し屋の話術を持ってすれば、簡単にここへ誘き出す事が可能だ」
自分の能力を過信している巫女パパがキムタキの誘き出しを買って出る。
「大丈夫なのかよ……?」
俺は心配というか、巫女パパに任せるのは不安でしかない。
「問題ない。ミーは過去に見ず知らずの人間に電話をかけ、とある口座に金を振り込ませるという話術の研修を受けたことがあるからな」
「振込み詐欺じゃねえか!?」
「とにかく電話を貸せ。どうせユーはかけないのだろう」
信用など全くないが、巫女パパの差し出した手のひらの上にカメラ野郎の携帯電話を置いた。
「ではPCガール。そのキムチという男に電話をかけてくれ」
「PCガールではありません、ミコリーヌです! まったく、どいつもこいつも……」
ぶつぶつとしかめっ面で文句を言いながら、ミコリーヌは木村瀧男の電話を着信させる。
プルルルルル……。
プルルルルル……。
プルルルルル……。
「……あ、もしもし」
三回ほどコールをしてキムタキが電話に出たようだ。
「ユーがキムチ君だな。ミーはキムチ専門店を経営しているキ・ムチムチである。実はこの度うちの新商品のコマーシャルに起用――んむ?」
プー……プー……プー……。
「ヘイユー、勝手に切れてしまったぞ」
「当たり前だろ!!」
会話を聞きながらいつ中断してやろうかと迷っていた俺としては、早く通話が切られてある意味良かった。
でなければドロップキックをしていた。
「何がキムチだよ、キムタキだよ! 別にキムタキはキムチが好きなわけでもねえし、コマーシャルのオファーを本人に直接交渉するのもおかしいだろこのハゲ! 何が殺し屋の話術だ。もうあんたには任せられねえ!」
俺は巫女パパの手から携帯電話を奪い取った。
「またハゲと言ったな!? ユーからの言葉の暴力でリアルにハゲそうだ!! 抜け毛過剰促進法違反で訴えてやるかな!」
指をさして顔を赤くした。
「何だその法律は!?」
今すぐに廃止しろ!




